世界にトビタテ!一つの赤鼻が二つの笑顔になった瞬間とは?
国家プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN」の取り組み(制度についてのインタビュー:前編、後編)を活用して、実際に世界に飛び立った学生はどのような経験をしているのか紹介したい。今回は、クラウニング法を学び、実践することをテーマにアメリカとタイに留学をした、福井大学医学科五年生の矢野陽子さんの体験を取材した。
◆医師を志すきっかけとなった、クラウニング法
留学のテーマとした耳慣れないクラウニング法とは、カラフルな恰好をして施設や病院にいる患者さん達と一緒に遊び、会話等のコミュニケーションを通して心と心のコミュニケーションを行うケア方法の一つだ。実は、これは矢野さんが医師を志したきっかけとも関係する。
進学先を考えていた当時高校生の矢野さんは、患者ではなくパソコン画面ばかりを見て、事実のみを淡々と述べる医師の姿に疑問を抱いていた。
そんな時、「パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー(原題:Patch Adams)」という映画に出会った。実在のパッチ・アダムス医師をテーマにした伝記映画で、パッチ・アダムス医師はクラウニング法の第一人者だ。映画を通じて、患者さんに心から寄り添っている彼の姿に感銘を受け、誰かを心から笑顔に出来るような人になりたい、と思い医師を志した。
◆クラウニング法への疑問
最初に訪れた米国では、クラウニング法の基礎を学んだ。しかし、クラウニング法を学ぶにつれ、矢野さんの中に疑問が生じたという。クラウニングは本当に全ての人にとって良いのか、ということだ。人は悲しみに浸りたい時や楽しむ余裕がない時もあり、そんな時、”笑わせる”ことを目的とするクラウニングは本当に人々に必要とされているのか。理想と思っていたクラウニング法に対してモヤモヤした気持ちを抱えて、次の留学先のタイに飛んだ。
タイでは、アメリカで学んだクラウニング法を病院でのボランティア活動を通じて実践し続けた。そんな日々の中、ある日病院でいつものようにボランティア活動をしていると、ある少年が無表情でベッドに横たわっているのを見た。
この少年に何かしたい、ベッドで過ごす毎日を少しでも色づけることができたらと思い、赤鼻を付けて少年に近付いた。すると、一瞬にして少年、そしてベッドサイドにいた彼の母親が笑顔になった。たった一つの赤鼻が二つの笑顔になった瞬間だった。
この時に初めて、クラウニングは人を”笑わせる”為ではなく、“人と人とを心から繋げてくれるもの”だという事に気づく事ができたという。この経験のおかげで、矢野さんは帰国後のクラウニング活動を続ける決心がついた。
人の心を楽しませたり和ませたりするケア方法には、音楽療法、アニマルセラピー、アートセラピーなどがあり、クラウニング法もその一つだ。矢野さんは、クラウニング法にかかわらず様々なケア方法を、必要としている人々に届けたいと考えている。
矢野さんの体験は、理論と実践という両面を留学で学ぶことで得られた。留学というとアカデミックな学びをイメージしがちだが、実践という面も同じく留学の大切なテーマであり、留学内容を考える上で念頭に置いておくとよいのではなかろうか。