すし飯が固い!? イギリスで独自進化のすしがブーム そのお味は? 体験記

flickr / Helen ST

かつては食の不毛地帯と見られていたイギリスだが、現在ではさまざまな国の料理が食べられるようになった。なかでもブームとなっているのはすしで、スーパーの惣菜売場や繁華街のチェーン店で手軽に買い求められる大衆の味となりつつある。現地を訪れ、イギリスのすしを体験してみた。

◆すしブーム到来。イギリスは変わったのか?
筆者は学生時代、イギリスでホームステイをしたことがあるが、その家のお母さんに生魚を食べると話したところ、「ええーっ」と絶句された経験がある。あれから30年、そのイギリスですしブームが起こっているという。

今年ロンドンを訪れた際に、衣料品、雑貨、食品販売でイギリス国内に300店以上を展開する「マークス&スペンサー」に行ってみたが、テイクアウト用のサンドイッチやサラダの隣に、パック詰めされたすしが大量に並んでいた。地方都市ノリッジの店舗でも同様で、ランチタイムの主力商品となっているようだった。生魚に絶句する時代はすでに終了しており、すしはイギリスで大衆化していた。

◆手軽で健康的。客のニーズをとらえてビジネス拡大中
ガーディアン紙によれば、イギリスのすしの売り上げは急速に伸びており、大手スーパー、セインズベリーでは、1週間に9万パックのすしが売れているという。シーフードビジネスのサイト『Undercurrent News』によれば、客の目の前で作ったできたてのすしを提供する「すしカウンター」での販売も好調で、同社では現在29あるすしカウンターに加え、来年4月までに21ヶ所を新設する予定だという。

高級スーパー、ウェイトローズもすしカウンターを続々とオープンさせており、来年1月までにはさらに25カウンターの新設を計画している。同社のすしカウンター運営のパートナーであるSushi Daily社のダニエル・コール氏は、すしの人気上昇に疑う余地はなく、ウェイトローズが急速にすしビジネスを拡大できるのも、すしがチョイス、手軽さ、健康的を求める多くの人々のニーズにマッチするからだと話している。(Undercurrent News)。

◆イギリス人によるイギリス人好みのすしチェーンが人気
もう一つ、すしブームに貢献しているのが、ハイストリートと呼ばれる繁華街にある、「Wasabi」、「Yo! Sushi」、「Itsu」などのチェーン店だ。いずれも1990年代後半から2000年代前半に1号店が開業しており、この20年でイギリスを代表するすしレストランとなった。ちなみに3社とも創業者は日本人ではない。

筆者が注目したのは、「Itsu」だ。サンドイッチのファストフードチェーン、「プレタ・マンジェ」の共同創業者、ジュリアン・メトカルフェ氏が1997年に起こした同社は、国内に70店舗を構える。ガーディアン紙によれば、5年間でセールスを倍増させた人気店とのことだ。

同社ホームページによれば、軽く、栄養価が高く、健康的でおいしい極東の味がコンセプトだ。環境にも配慮し、容器や包装のリサイクルを推進する。マグロもキハダマグロを使用し、絶滅危惧種の本マグロは使わない方針だ。また、食品廃棄を減らし、作る人の労力を無駄にしないため、すべての店舗で閉店前半額セールを実施している。これは、日本を訪れた際、デパ地下の惣菜が閉店30分前になると半額になることに感心したメトカルフェ氏が採用したものだという。

◆日本を離れるすしコンセプト。お味のほうは、要努力
「Itsu」のすしを試すべく、ロンドン中心部の店舗に行ってみた。店はかなり小さく、冷蔵ケースに陳列されたパック詰めの商品を取ってカウンターで支払い、持ち帰るか、店先に置かれたテーブルで食べるというシステムだった。すしはサーモン、まぐろの握りと、裏巻と呼ばれるカリフォルニアロールスタイルの巻物が中心だ。うどんやどんぶりものもあるが、なぜか味付けがタイ風であったり、肉、餃子入りだったりする。デザートも、「チョコレート芸者」はやや和風だが、「ヨガグラノーラ」、「禅ポット」など、アジアのスピリチュアルなイメージを前面に押し出したネーミングで、日本へのこだわりはないようだ。

筆者は「ドラゴンロール(茹でた鮭使用)」、「カリフォルニアロール」、「サーモン&ツナ・タルタルサラダ」を注文してみた。魚はまずまずだったが、すしの上にドレッシングがかけられているのに外国を感じた。いただけなかったのは、固いすし飯だ。日本人すしシェフが「ハイストリートずし」を評価するというガーディアン紙が企画した記事でも、「押し過ぎ」と評価されていたが、すし飯をガッチリ固めていないと箸を使うのが下手な客にはうまくつかめないという、海外ならではの問題もあるようだ。

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◆食の多様化が進むイギリス。次世代のすしに期待
客層はランチタイムだったので近隣のビジネスマンが中心だったが、夏休みだったせいか子供たちも来店していた。小学生ぐらいの女の子が、ちらしずし(?)の上に載った枝豆を一粒ずつ箸ですくって口に運んでいたのが印象的だった。デイリー・メール紙が紹介する、1500人の親を対象にしたイギリスのあるレストランチェーンの調査によれば、子供達の27%が上手に箸を使えるということだ。また、調査に答えた親の3分の1が子供たちは味に冒険的とし、41%が親には抵抗がある食べ物でも、子供は喜んでトライすると回答している。イギリスの現代っ子は、すし、牡蠣、カツカレー、パッド・タイ(タイ風焼きそば)など、親の世代が子供時代に食べることがなかった味を経験済みと同紙は紹介している。

ガーディアン紙でイギリスの大衆向けすしを評価した日本人シェフたちは、これらのすしは日本のものとは別物で、比べること自体がほぼ不可能と結論づけている。ただし、イギリスのすしはまだ始まったばかりで、食べる人が増え目利きが増えれば、すしのクオリティは上がるとも述べている。箸を使って器用にすしを食べる子供達が大人になるころには、本家の日本人をあっと言わせるおいしいすしに、街角でお目にかかることができるかもしれない。

Text by 山川 真智子