トランプ政権下で頭脳流出の危機 75%の科学者が出国を検討

トランプ政権の研究援助削減への抗議(ワシントンDC、3月7日)|Rena Schild / Shutterstock.com

 トランプ米政権は、政府のコスト削減政策の一環として、科学部門の研究費や人件費を大幅に削減する方向に舵を切った。影響は研究の現場に及んでおり、多くの科学者が出国を考えているという。受け入れを表明する国も出ており、深刻な頭脳流出が懸念されている。

◆科学界大混乱 コスト削減の対象に
 科学誌ネイチャーがアメリカの約1650人の科学者を対象に行った調査によれば、全体の75%にあたる1200人以上が、トランプ大統領が引き起こした混乱を受け、アメリカを離れることを検討していると回答した。多くは、すでに共同研究者、友人、家族などがいたり、言語がわかる国に行きたいと答えている。

 トランプ政権は、イーロン・マスク氏が主導する政府のコスト削減政策のもと、科学研究への資金を削減。ネイチャーによると、これにより研究機関に大きな影響が出ている。多くの科学者を含む数万人の連邦職員が解雇され、その後、裁判所命令により再雇用されたが、政府の新方針によって研究のあらゆる側面に不確実性と混乱が広がっており、研究者たちは動揺しているという。

◆他国にとってはチャンス? 優秀な研究者確保へ
 サイエンス誌によれば、現在世界中の大学ではアメリカを拠点とする研究者からの応募が増加しているという。一部の国や研究機関では、すでに新たな才能の獲得に着手。ここ数十年の流れだった、科学者のアメリカへの移動を逆転させる機会と見て利用しようとしている。

 この事態に最も早く目を向けた国の一つがフランスだ。エクス・マルセイユ大学は15人の研究者支援を予定しているが、米公共ラジオ(NPR)によれば、すでに150人以上の応募があったという。オランダはアメリカに限らずあらゆる国の科学者の支援を行う基金の立ち上げに動いている。国際的なトップ科学者をできるだけ早く招聘(しょうへい)することが目的だ。

 移住先として人気なのは隣国カナダだが、現在高等教育機関は資金不足で雇用やプログラムの削減が行われており、かなり厳しい状況だという。アメリカと同じ英語圏であるイギリスも、すでに多くの大学が人員削減を実施。2026年までには4分の3近くの高等教育機関が赤字経営に陥るとされており、移住のハードルは高そうだ。(サイエンス誌)

◆新たな頭脳流出 中国に抜かれる?
 アメリカの科学界では多数の外国人研究者が活躍しているが、入国管理局の取り締まりが厳しくなっており、彼らが離れてしまうことも危惧されている。

 中国出身の科学者たちは近年、次々とアメリカを離れて本国で職を得ているという。サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙(SCMP)によれば、受賞歴のある著名な科学者も含まれており、帰国傾向はすでにトランプ第1次政権から顕著になっている。

 昨年3月発表の米国立科学財団の年次報告書によれば、外国生まれの人材は、STEM(科学、技術、工学、数学)分野の労働力の19%を占めた。また、博士号レベルの科学・工学分野の労働力では43%を占めている。

 ネイチャーの調査では、アメリカを離れたいという回答は特に若手研究者の間で顕著だった。頭脳流出が続けば、STEM分野におけるアメリカの優位性が失われる可能性が高い。中国としては、すでにアメリカをしのぐ分野でそのリードを確実にし、後れを取る分野では進歩を加速させる絶好の機会になるだろうとSCMPは述べている。

Text by 山川 真智子