メタバースとは何か? フェイスブックの思惑、新たな懸念

Laurent Gillieron / Keystone via AP

「メタバース」は、ハイテク業界の想像力を喚起してやまない最新トレンドだ。現在フェイスブックは、ヨーロッパ地域で何千というエンジニアを雇用してメタバース開発に取り組んでいる。またビデオゲーム各社も、オンライン世界の次なる主役と目されているメタバースに関し、それぞれの長期ビジョンを提示している。

 フェイスブックのCEO、マーク・ザッカーバーグ氏は10月28日に社名を「メタ」に変更することを発表した。

 メタバースは未来の構想とも言えるが、ザッカーバーグ氏が描いている現在進行形の旗艦的構想でもある。ただしその技術開発は当初期待されたほどには進展しておらず、構想の開始から長い年月を経たいまでも普及への道のりは遠い。

 さらに、多くの人々が不安視しているのは、有害コンテンツ排除の取り組みが不十分だとの非難を浴びているフェイスブックと直結した新たなオンラインワールドを通して、同社がこれまで以上に多くの個人データにアクセス可能となる点だ。

 以下では、この次世代オンラインワールド、メタバースの全容を見ていこう。

◆メタバースとは何か?
 メタバースは、非常にリアルなもの、あるいは少なくとも3Dレンダリングされたものと想定される。ザッカーバーグ氏は、それはただ単にスクリーンを見るものではなく、実際にその中に入りこんで体感する「仮想環境」だと説明する。端的に言えば、メタバースとは仮想現実ないしは拡張現実を体感できるヘッドセットやメガネ、スマートフォンアプリ、そのほかのデバイスを使用してアクセスする相互接続された無限のバーチャルコミュニティであり、私たちはそこで人と出会い、その中で仕事をし、遊ぶこともできる。

 新技術を専門とするアナリストのビクトリア・ペトロック氏によると、メタバースにはショッピングやソーシャルメディアなど、オンラインライフのそのほかの機能も付加されるという。

 同氏は、「メタバースは、通信技術の新たな進化のステージです。このシームレスなもうひとつの世界には、あらゆるものが含まれます。私たちはそこで、リアルライフと同様のバーチャルライフを送るようになります」と語る。

 しかしながら、リサーチ企業ガートナーで没入型テクノロジーの動向を追っているトゥオン・グェン氏は、「まだ作られていないものを正しく評価することは難しい」と、安易な期待に警鐘を鳴らす。

 実際のところフェイスブック自身も、正しく有効に機能するメタバース製品の開発までには、10年から15年が必要だとの慎重な見通しを示している。ちなみにこのメタバースという言葉は、ニール・スティーブンソン氏が1992年に発表したSF小説「スノウ・クラッシュ」の中に登場した造語だ。

◆メタバースでは何が可能なのか?
 メタバースでは、バーチャルコンサートに参加する、オンライン旅行に出かける、デジタル衣料を買って着てみる、などといったことが可能だ。

 メタバースはまた、新型コロナのパンデミック下での在宅勤務化のトレンドを加速させ、大きく社会の仕組みを変えるゲームチェンジャーとなりうるものだ。メタバースでは、ただ単にビデオ通話アプリのグリッド画面上で同僚の顔を見るのではなく、バーチャル世界で同僚たちと対面することができる。

 これまですでにフェイスブックは、オキュラスのVRヘッドセットを使用した
「ホライズン・ワークルーム」と呼ばれる企業向けの会議ソフトをリリースしている。ただし、発売初期の時点での評価は高いとは言えない。そもそもこのヘッドセットの価格設定は300ドル以上であり、広く多くの人々に最先端のメタバースエクスペリエンスを届けるものとは言い難い。

 現時点では、その値段を支払う余裕のあるユーザーだけが自身のアバターになりきり、さまざまな企業が作り上げたいくつもの仮想世界を自在に飛び回ることができるという現状だ。

 ザッカーバーグ氏は、「メタバースでのエクスペリエンスの最大の利点は、ひとつのエクスペリエンスからまた別のエクスペリエンスへと、まるでテレポートするように瞬時に移行することができることだ」と話す。

 ただしハイテク企業の側には、各社のオンラインプラットフォームをどのように相互接続するのかという技術的課題も依然として残されている。ペトロック氏によれば、メタバースが有効に機能するためには、競合する複数の技術プラットフォームがひとつのスタンダードの下に結集することが必要であり、「フェイスブックのメタバースに参加する人々と、マイクロソフトのメタバースに集まる人々とに分かれるような状況」ではうまく機能しないという。

◆フェイスブックはメタバースに全力投入するのか?
 間違いなくザッカーバーグ氏自身は、メタバースは次世代型のインターネットサービスとして今後のデジタル経済で大きなシェアを占めるものになると見込み、本気で取り組む姿勢を見せている。フェイスブックがソーシャルメディア企業ではなく、メタバース企業として人々に認知される未来を描いているのだ。

 その一方で同社は最近、独占禁止法違反で提訴されており、ほかにも元従業員らからの内部告発スキャンダル、フェイク情報の取り扱いに関する懸念など、危機的な事態に直面している。批評家の間では、今回のフェイスブックの一連の動きの背景には、こういった危機から世間の目をそらそうという隠れた意図があるのではないかとの憶測もある。

 フェイスブックの元従業員フランセス・ホーゲン氏は、フェイスブックのプラットフォームが子供たちに悪影響を及ぼしており、政治的暴力を扇動していると非難の声を上げた。

◆メタバースはフェイスブックだけのプロジェクトなのか?
 答えは否だ。ザッカーバーグ氏は、「どこか1社だけ」が独自のメタバースを構築することはないとの認識だ。

 グェン氏によれば、フェイスブックは確かにメタバースを牽引しようとしているが、だからといってフェイスブックやそれ以外のハイテク大手企業1社のみがメタバースを独占支配することにはならないという。

 同氏は、「将来的に競合相手となりうるスタートアップも数多くあり、また、現在の我々が想像もしない新技術やトレンド、アプリケーションなどが登場してくることもあるでしょう」と語る。

 ビデオゲーム各社も、メタバースに関する主導的な役割を果たすことになりそうだ。人気ゲーム「フォートナイト」の運営母体であるエピックゲームズは、メタバース構築に向けた同社の長期計画を支援する目的で、すでに投資家から10億ドルを調達した。ゲームプラットフォーム「ロブロックス」も、メタバース分野における主要なプレイヤーのひとつだ。ロブロックスが提示するビジョンは、「何百万という3Dエクスペリエンスを通して人々が集い、学び、働き、遊び、創造し、交流できるメタバース」というものだ。

 消費者ブランド各社も、メタバースに参入しつつある。イタリアのファッションブランド、グッチは今年6月、ロブロックスとのコラボでデジタル限定のアクセサリーコレクションを販売した。また、飲料大手のコカ・コーラと化粧品ブランドのクリニークも、メタバース参入の第一歩としてすでにデジタル限定アイテムの販売を実施している。

 しかしながら、ザッカーバーグ氏が描くメタバース構想はいくつかの点で、バーチャルスペースのコアユーザーや専門家たちがもっとも重視しているメタバースの基本理念に反する部分がある。彼らが想定するメタバースとは、フェイスブックに代表される既存のハイテク企業がユーザーのアカウントや画像、投稿、プレイリストの所有権を独占し、欲しいままにデータ収集しているという現状を打破し、オンライン文化をすべての人々に開放することなのだ。

 キンドレッド・ベンチャーズのマネージングパートナーで暗号通貨技術を専門とするベンチャーキャピタリスト、スティーブ・ジャン氏は、「私たちが求めるのは、ただ単にネット上を自由に行き来することではありません。誰からのトラッキングも監視も受けずに、ネット上を自由に往来できるようにしたいのです」と語る。

◆メタバースは、個人データのさらなる収集のためのツールとなるのか?
 明らかにフェイスブックは、個人データを利用したターゲット広告で収益を上げる現行のビジネスモデルをメタバースにも持ち込みたがっている。

 ザッカーバーグ氏は最新の決算報告において、「広告は、当社の運営するソーシャルメディア部門の戦略の重要部分であり続ける。メタバースでの収益の柱も、おそらくこの部分になるだろう」と述べている。

 しかしグェン氏に言わせれば、プライバシー侵害への新たな懸念もある。つまり、「我々がいますでに抱えている問題に加え、メタバースの全容がわかった後に初めて問題化する新たなリスクが発生する」のだという。

 ペトロック氏は、フェイスブックが現行のプラットフォームにおいてこれらの問題を解決しないままメタバース開発に突き進む場合、より多くの個人データの提供が要求されるメタバースの世界で、データの悪用や誤情報の流布などの問題がいっそう深刻化することを懸念しているとしている。

 同氏は、「フェイスブックがセキュリティ上のあらゆるリスクを徹底して検証してきたとは思えません。彼らはメタバースがもたらすプライバシーへの悪影響をそこまで真剣に考慮していないのでは、と私は不安視しています」と語る。

By MATT O’BRIEN and KELVIN CHAN Associated Press
Translated by Conyac

Text by AP