「ウィーチャット禁止」、米国ユーザーにも影響大の可能性

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 中国発アプリ「ウィーチャット(WeChat)」は、アメリカ国内にいる数百万ものユーザーにとって、中国にいる友人や家族、顧客や取引先とつながるための欠かせないツールだ。
 
 生活必需品ともいえるこのアプリがいま、ドナルド・トランプ大統領による大統領令からの攻撃にさらされている。早ければ9月中旬にもアメリカ国内でのアプリ利用が禁じられる可能性もあり、人々の活動的な関わりが寸断される恐れがある。

 ワシントン在住で中国出身のシャ・チョウ氏は、ウィーチャットを「朝起きて一番にチェックする」と話す。2008年にアメリカへ移住した同氏にとって、ウィーチャットは同じ中国出身の母親や古くからの友人らと会話するためのツールであり、また、勤務先の中国系コンサルティング企業において、広報担当マネージャーとして同僚とのコミュニケーションをはかる手段でもある。そして、アプリ上のバーチャルウォレット(仮想財布)に中国元を保有している。

 さらにウィーチャットには、何よりも大切な、4年前に亡くなった父親の動画や音声ファイルが保存されている。

 微信(ウェイシン)として知られるウィーチャットは、中国では重要なインフラを成している。メッセージ送受信、ソーシャルメディア、タクシー配車サービス、決済サービスなど、あらゆる機能が一つのアプリに集約されている。取引の際にクレジットカードを介さず、ウィーチャットでのみ決済を行う中国企業は多い。ウィーチャットを運営する企業「テンセント」によると、利用者数は10億人を超え、その大半は中国在住であるという。アメリカ国内でのダウンロード数については、モバイルアプリ開発企業によりばらつきが見られるものの、1900万から2600万件と見込まれている。

 中国に住む人々には、ウィーチャットを利用する以外の選択肢があまりない。グーグル検索ソフト、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディア、また他国のウェブサイトやオンラインサービスの多くは、中国共産党の指導者によって規制されている。

 アメリカ在住者向けのウィーチャットは、中国国内で展開されているものに比べて機能が少ない。しかし、中国からの移住者や留学生は、このアプリを通して祖国と、また彼ら同士とつながっている。アメリカ国内の中国料理店は、注文を取るのにウィーチャットを利用している。中国での勤務経験をもち、アメリカ国内の企業で働く人々もまた、ウィーチャットを活用する。

 カート・ブレーブルック氏は、上海で22年間勤務した後、2017年にアメリカへ戻ってきた。ウィーチャットは、同氏にとってもまた中国出身の妻にとっても、欠くことのできないアプリであると話す。ウィーチャットにはおよそ500人分の連絡先が登録されており、このアプリを介さずに連絡のつく人はほとんどいない。

「ウィーチャットが完全に禁止された場合、妻の家族や私たちの友人、そして22年以上かけて築いた仕事上の人脈、すべてが消滅します」と、現在はミシガン州グランド・ラピッズに住むブレーブルック氏は話す。

 8月6日にトランプ大統領が署名した大統領令は、「ウィーチャットに関連する取引」すべての禁止を意図しているようだが、説明が付言されることなく数時間を経て発令された。同時に、中国企業が運営する人気の動画投稿アプリ「ティックトック(TikTok)」に対しても、同様の禁止令がトランプ大統領により発表された。これらの禁止令を受け、利用者は混乱状態に陥り、すでに別のサービスへと移行を始めた人もいる。一方で、ウィーチャットを日常的に利用しているユーザーは、とりわけ困難を強いられている。

 ウォール・ストリート・ジャーナルが8月20日に報じたところによると、国内の10数社を超える多国籍企業の経営陣らが、ウィーチャットをめぐる大統領令について政府当局者と電話会議を行い、反対の意を示したという。禁止令により、中国の系列会社が同アプリを利用できず、競争上不利な状況に立たされることを危惧する企業もある。

 大統領令が発表された翌日、チョウ氏には友人や家族、同僚から多くの相談が寄せられた。「テレグラム(Telegram)」や「ワッツアップ(WhatsApp)」、「シグナル(Signal)」などのメッセージ用アプリに切り替えるべきかという内容である。これらのアプリでもメッセージ機能は問題なく利用でき、運営会社は中国企業ではない。

 アプリ内に保有している中国元は使用できるのか、また、保存している父親の思い出すべてをどうするのか、チョウ氏にはまだわからない。「対策を立てることができません」と話す同氏は、いま抱えている不満について、トランプ大統領をはじめとする政治家を批判する。「私たちは、彼らのチェス盤上でいかようにも操られる小さな駒なのです」

 政府がアプリを完全に禁止するはずがないと、すでにアプリをもっているアメリカ国内の利用者同士、安心感を得ようとしている人もいる。ウィーチャットは利用者にとって表現の自由であり、祖国では認められていないがアメリカでは保証されている権利である。

 中国では、ウィーチャット利用者は政府によって検閲されている。中国以外の国でアカウントを登録した利用者と状況はかなり異なるが、トロントに拠点を置くインターネット監視機関「シチズンラボ」によると、ウィーチャットは国外で共有された書類や画像を監視し、中国国内での検閲に協力していると指摘する。運営企業のテンセントは、「国外のウィーチャット利用者間で共有されたすべての情報は個人的なものである」と、2020年初めに公言している。

 ウィーチャットを欠かせないものだと考える利用者の多くは、プライバシーについてとくに懸念を抱いていない。

 ニューヨークに住むアジア系アメリカ人を対象とする社会福祉機関「チャイニーズ・アメリカン・プランニング・カウンシル」は、年間6万人が利用する。地域社会に住むメンバーとの情報共有にはウィーチャットを活用していると、広報担当のカーリン・コーエン氏は話す。たとえば、2020年の国勢調査では政府による戸別訪問が中止されたため、それに代わる参加方法についての案内や、新型コロナウイルスの検査を実施している機関を紹介するためにメッセージを配信したという。

「これまで個人データをめぐる懸念について深く考えてきたとは言い難いです。私たちの用途とは厳密には異なりますから」と、コーエン氏は話す。

 ウィーチャットに対して何らかの禁止令が敷かれた場合、どのような対応を講じるか明確ではない。おそらく、中国系アメリカ人が使うようなほかのアプリを導入するのだろう。「それがどのような感じなのか、実際に検討したことはありません」と話す。

 インディアナポリスの大学生セス・ワークマン氏は、中国に留学していた2019年、ウィーチャットを知った。当時働いていたホテルの仕事仲間とチャットするために利用していた。2019年秋に帰国してからは、地元の中国料理店で6ドルのランチを注文するためにアプリを利用している。同店は、およそ60名が参加するチャットグループからの注文を受けている。よくあるような、白飯や野菜、肉の詰まった弁当がワゴン車で大学キャンパスに運ばれてくる。

「本当においしいです。ウィーチャットが禁じられたらショックです」と、ワークマン氏は話す。

By TALI ARBEL, KELVIN CHAN and JOSEPH PISANI Associated Press
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP

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