新型コロナ追跡アプリ、各地で登場 課題となるプライバシー保護

AP Photo / Lindsay Whitehurst

 社会経済活動の再開と、新型コロナウイルスの流行防止のための監視。各国の政府がこの二つを両立する方法を模索しているなかで、パンデミック防止に役立つスマートフォンアプリに注目が集まっている。

 しかし、具体的にどの技術を使用するのか、また、それらの技術で政府当局が人々のプライバシーを覗き見ることはどこまで許されるのか。その部分の決定において、プライバシー保護と公衆衛生との、抜き差しならぬトレードオフの関係が浮き彫りになっている。

「そこには利害の対立があります」とスタンフォード大学の研究者、ティナ・ホワイト氏は言う。同氏は今年 2 月、プライバシー保護のアプローチ導入を最初に訴えた。新型コロナウイルスの拡散を抑えるため、政府と公衆衛生当局は、国民の行動をトラッキングできるようにしたいと考えているが、その一方で、私生活に干渉するそのようなアプリをダウンロードしたがる人は多くないという。

 伝染病の流行防止に必要な方策は単純に、「検査、追跡、隔離」の三つのステップに集約できる。現在の状況に置き換えると、新型コロナウイルスの陽性者を特定し、感染の可能性のあるそれ以外の者を追跡し、感染疑いの者は隔離検疫する。これをもって、それ以上の感染拡大を防止するわけだ。

 このうち二番目の「追跡」のステップでは、多数の医療従事者を動員し、ウイルス感染者に対して最近の他者との接触状況について問い、そこに含まれる人々を検査し、必要があれば隔離できるようにすることが必要だ。

 そこにスマートフォンのアプリを取り入れることで、ユーザーの行動に関するデータを収集することができる。ユーザーが確認済みのウイルス感染者の付近で時間を過ごした場合には警告を与え、一連のステップをスピードアップさせることが可能だ。そのデータが詳細であればあるほど、自治体当局が新たな感染の「ホットスポット」を特定し、その封じ込めに成功する可能性が高まる。しかし、そこで政府が収集したデータが、政府や、その関連企業・団体によって乱用されるリスクもある。

 各国政府や地方自治体のなかには、公衆衛生当局が情報を直接利用できるよう、政府設計のアプリの使用を推奨しているところもある。

 実際、オーストラリアでは、300万人以上が「コヴィド セーフ(COVIDSafe)」というアプリをこれまでにダウンロードした。これは、同国の首相自身が推奨するアプリで、「日焼け止め程度の手軽さ」を売り文句に、アプリのダウンロード数が増えるほど「経済と社会の自由度が増す」と訴える。一方、アメリカのユタ州は、ソーシャルメディアのスタートアップが開発した「ヘルシー トゥギャザー(Healthy Together)」というアプリを使い、類似のアプローチをアメリカの州としては初めて採用した。もともとこのアプリは、若者たちが周囲の友達との交流を深めることにフォーカスしたものだった。

 上記のアプリはどちらも、ユーザー個人が、外出先での第三者との接触履歴を位置データとともに記録するものだ。ユタ州のアプリはこれをさらに進めて、デバイスの位置情報を利用し、ユーザーが訪れたレストランや店舗の追跡もできる仕様となっている。

「このアプリを使えば、ウイルス陽性が確定したユーザーの記憶を補強し、どこに外出し誰と接触したかを簡単に特定できます。ただし、ユーザーの同意が必要ですが」と、ユタ州の疫学研究者、アンジェラ・ダン氏は語る。

 ハイテク分野の最大手企業であるアップルとグーグルは、収集する情報の範囲を制限したうえで収集した情報を匿名化し、ユーザー個人のプライバシーに関わるトラッキングを不可能にするアプローチを、それぞれ独自に開発中だ。

 この両社は、公衆衛生当局に対して、新開発のプライバシー保護型のアプリを採用するよう強く求めている。両社は数十億台の電話端末でもスムーズに動作するアプリ構築インターフェースを提供したうえで、今年5月中に、実際のアプリをリリースする予定だ。ヨーロッパでは、ドイツをはじめ、このアプローチに沿って政策を進める国が増えている。しかしそのなかで、フランスやイギリスなどの諸国は、アプリデータへの政府のアクセス権限拡大に反対を表明している。

 コロナウイルス追跡アプリのほとんどは、20年以上前から使用されている短距離無線技術のBluetoothを使用し、付近で同じアプリを実行している電話端末の位置を特定する方式だ。

 Bluetoothを使用したアプリは、受信した信号を一時的に記録する。アプリを使用するユーザーが、後に新型コロナに感染していると確認された場合には、公衆衛生当局がその保存データを使って、この人物と接触した可能性のある他のユーザーを特定し、本人らに通知を送る。

 アップルとグーグルの両社によると、この仕様に沿って構築されたアプリについては、互換性の問題をクリアし、iPhoneおよびAndroid搭載のデバイスのほとんどで動作するようにする予定だという。また、各国の政府がアプリを国民に強制使用させることを禁止し、政府の監視に対する人々の不安を払拭するため、アプリにはプライバシー保護機能を組み込み、保存データを政府や企業のアクセス外に置く考えだ。

 その一例をあげると、両社のアプリは、端末から端末に直接送信される暗号化された「ピアツーピア(P2P)」信号を使用している。この信号は政府のデータベースには保存されず、ユーザーの個人IDと接続情報をオープンにしない設計だ。公衆衛生当局の側は、そこへのアクセスすらできない。これらのアプリは、ウイルス感染者との接触の可能性をユーザー本人に直接通知し、検査を受けるよう促す。

 アメリカ国内では、アプリ開発業者らが、州や自治体に直接アプリを売り込む動きが出ている。ユタ州では、ソーシャルメディア企業のトウェンティ社が、Bluetoothと衛星のGPS信号を組み合わせた手法で、州当局との間でアプリ販売契約を取りつけた。このアプリを使うと、訓練を受けた医療専門家らがそこに示された点と点を結びつけ、以前は見落とされていた感染クラスターを発見できるようになる。

「自動のアラート機能だけでは、不十分だと考えます」と、トゥエンティ社の戦略担当チーフで、ユタ州在住のジャレド・オールグッド氏は指摘する。同氏はまた、ピアツーピアのモデルを使って効果を上げるにはほとんどの住民がそこに参加することが不可欠だとの見解を示した。

 またノースダコタ州とサウスダコタ州も、ユタ州と同様の監視システムの導入を進めている。ここで使うアプリ「バイソン トラッカー(Bison Tracker)」は、もともとノースダコタ州立大学のスポーツチームのファン交流アプリとして地元のスタートアップが開発設計し、その後にコロナ追跡用途に転用された。

 いまここで取り上げたいずれのアプローチでも、そこで使用されるアプリ単独では、ウイルス感染の連鎖を断ち切る大きな効果は期待できない。効果を上げるには、アメリカを含めた世界各国がコロナウイルス検査をよりいっそう強化し、医療従事者の数をさらに増やして現場対応が可能となる施策と組み合わせることが不可欠だ。

 また、アプリによるアプローチに立ちはだかるもう一つの大きな障害がある。それは、新型コロナの感染リスクに最も脆弱な人口層において、スマートフォンを所持していない者が多いという現実だ。

 たとえばシンガポールでは、狭く密集した共同住宅に住まう多くの移民労働者らが、コロナ以前までは好調だった同国の建設業を支えてきた。しかし、日給15ドルで働くこの労働者層において、スマートフォンの使用率は低い。

 東南アジアの都市国家シンガポールが今年 3 月に「トレイス トゥギャザー(TraceTogether)」という追跡アプリをリリースした時点では、同国内の新型コロナ感染確定者の総数は1000人をはるかに下回っていた。ところがその後、4月初めになって、労働者共同住宅の内部で新たな感染が急増。その総数は1万8000人を超え、シンガポール政府が新たなロックダウン政策を施行する誘因となった。

「先端技術を使って感染者特定作業の一部を自動化できれば、大きな助けになるとは思います。しかしそれ以外にも、必要なことが数多くあります」と、ボストンカレッジで疾病研究を行うナディア・アビュエレザム氏は語る。

By MATT O’BRIEN and CHRISTINA LARSON Associated Press
Translated by Conyac

Text by AP