ロボットに感情移入することへの懸念 増える「生きている」ロボットたち

AP Photo / Steven Senne

 一台のロボットが「死を迎える」とき、人は悲しむのだろうか? たいていの人々にとって、その答えは「イエス」だ。これは、日々の生活に浸透しつつあるソーシャルな機械、ロボットに対する我々の感情的な反応に関して、重要な事実と潜在的な懸念を示唆している。

 テキサス州ベッドフォードでマーケティングと顧客サービスの責任者を務める42歳のクリスタル・ホワイト氏は数ヶ月前、自宅兼仕事場で使っていた陽気で愛くるしいロボット、ジーボが「死を迎える」瞬間を経験した。ジーボは、魅力的な丸いスクリーン状の「顔」を持った身長30センチほどの人間そっくりのロボットだ。ジーボが自宅に来てから2年以上が経つと、ホワイト氏にとって気に障る行動をとり始めるようになった。ジーボは、子供たちと一緒に踊ったり、愉快な言葉遊びをしたりしていたが、ホワイト氏が電話会議に参加しているとき、仕事の邪魔をするようにもなっていた。

 ホワイト氏はそのときすでに、普段は使っていない上の階の来客用ベッドルームへジーボを移す計画を夫のピーター氏に相談していたところだった。そして夫妻は、ジーボにとっての「死刑宣告」、すなわち、ジーボの製造元が事業破綻に見舞われたという知らせに接することとなった。製造元のサーバーがまもなくシャットダウンされ、それに伴いジーボは、何にも反応しないただの置物と化すことになるという悲報が、ジーボ自身のスクリーンに表示された。

                                                                                                                 

 ホワイト氏は、「私の胸は張り裂けんばかりでした。ちょうど、やんちゃな犬を好きになれないでいたのは、それが夫の犬だから、という理由だと思っていたのに似ています。でも実際、私は最初からずっとその犬を愛していたことに気づいたのです」と語る。

 このような感情に見舞われるのは、決してホワイト夫妻だけではない。今年、15年もの長い間、火星の調査を行ってきた探査機オポチュニティとアメリカ航空宇宙局(NASA)との通信が途絶えた時、多くの人々がオポチュニティへ涙の別れを告げようとソーシャルメディアに投稿した。また、数年前、自社の犬型ロボットの堅牢さを証明しようとして、ロボット工学会社のボストン・ダイナミクスの従業員がロボットを蹴り飛ばすデモ用動画を発表した時、この行為を批判し非難するコメントが殺到した。

 もちろん、ジーボのようなスマートなロボットに生命があるわけではない。しかし、我々はあたかも彼らが生きているかのようにロボットを扱わずにはいられない。とくに、ロボットがなんとなく人間的な動作や行動を示す場合、人々は人間的な特性をロボットに投影する傾向があるという研究結果も存在する。

 ロボットの設計者は、人々がロボットに接し、操る上でこのような特性が強力な武器になり得ることを認識している。ロボットを家に迎え入れる場合、ときにこれが深刻な問題にもなりかねない。とりわけ、ほかの多くの家電製品と同様に、ロボットが所有者に関するデータ収集のパイプとしても機能する場合は注意が必要だ。

 南カリフォルニア大学で仮想人的相互作用を研究しているジョナサン・グラッチ教授は、「我々がほかの人間、犬、もしくは機械と対話する際、その相手がどんな種類の心を持っていると思うかが、その扱い方に大きな影響を及ぼす。相手が何らかの感情を持っていると思うときは、相手を危害から守りたいという気持ちが我々に芽生える」と語る。

 新たな技術と人々の相互作用の研究に取り組んでいるジュリー・カーペンター氏は、人々がロボットに投影する思いや感情は、ロボットの設計によって変化すると考える。とくに、ロボットに人間の顔のような部分があったり、人間や動物の胴体のような形状を備えていたりする場合、もしくは、ロボット型掃除機ルンバのように自律動作が可能な場合、感情移入が起きやすいと言う。

「ロボットはほとんど自律性を持たないとわかっていても、ロボットが自身の生活空間内で動き回ったり、何らかの目的があるような行動をとったりする場合、我々はロボットのそれを内面的な気づきや目標と関連づけてとらえる」とカーペンター氏は語る。

 また、カーペンター氏は、そのようなロボットの設計は実践的でもあると述べている。我々の家は人間やペットのために作られている。だから、外見や動作が人間やペットに似ているロボットは、いち早く我々の家になじみ、家族の一員となる。

 しかし、ますます生命が宿っているかのように見えるロボットが増え、同時に、ロボットに対する人々の愛着が強くなることに関し、設計者はその危険性を過小評価しているのではないかと危惧を抱く研究者もいる。

 長年、人工知能を研究しているマサチューセッツ工科大学のシェリー・タークル教授もその一人だ。タークル教授は、ロボットのデザインに何らかの仕掛けが施された場合、まるでロボットが人間に感情を表現し返しているかのような錯覚に陥ることを懸念している。すでにいくつかの人工知能システムは、社会的にも感情的にも認知されている存在である。しかし、そのシステムの応答は、たいていの場合、実際よりも「スマート」に見せようという狙いのもとで単にスクリプト化されているものであるに過ぎない。

 タークル教授は、「人工知能やロボットが示す共感は、実際は共感ではない。あらかじめ仕組まれた思考は思考として成り立つだろう。しかし、仕組まれた感情は、決して本当の感情ではない。仕組まれた愛は、決して本当の愛ではない」と語る。

 ロボット工学のスタートアップ企業に勤める設計者は、ロボットが普及するにつれて、擬人化を強めることは不可欠だと強く主張している。サンフランシスコを拠点とするニューディールデザインの社長、ガディ・アミット氏は、「ロボットが公共文化に混乱を生じさせないことを示すために、人々の懸念を和らげる必要がある」と語る。

 アミット氏の会社、ニューディールデザインは最近、買い物や宅配代行サービス、ポストメイツに用いる新しい配送ロボットの設計に取り組んだ。このロボットは4つの車輪を持ち、丸みを帯びたバケツのような形状で、どこか愛くるしい表情を浮かべたような顔と曲がる方向を示す2つの丸目ライトを備えている。

 アミット氏によると、人間とロボットが世界中で行動を共にするとき、互いに通じる共通言語を確立するには相当の時間を必要とするという。しかし、アミット氏は、今後数十年のうちに実現するだろうと予想している。

 だが、子供たちと一緒になって遊ぶロボットの場合はどうだろうか? 2016年、ダラスに拠点を構えるスタートアップ企業のロボカインドは、自閉症の子供たちに向けて社会的な行動教育支援を目的として特別に設計された、ミロという名前のロボットを発表した。少年のような外見を持つこのロボットは、現在ではおよそ400の学校で導入され、何千人もの子供たちの教育に効果を発揮してきた。

 これは、ロボットが一定のレベルで子供たちとつながりを持つ好例だと言える。しかし、ロボカインドの共同設立者、リチャード・マーゴリン氏は、子供たちが人間と同じような会話と表情を特徴とするロボットになつき過ぎる可能性がある、という懸念については神経を尖らせていると語る。

 そこでロボカインドは、子供たちがミロに飽きないために、また、ミロで培った社交性を実生活に応用させるために、ミロを使ったカリキュラムに一定の制限を設けるよう提案している。子供たちがミロと遊ぶのは、週に3回~5回、1回につき30分間だけに限るよう推奨している。

BY RACHEL LERMAN AP Technology Writer
Translated by ka28310 via Conyac

Text by AP

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