性差をみくびるな:オス中心の研究に物申す

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著: Thomas Merittローレンシャン大学 Professor and Canada Research Chair, Chemistry and Biochemistry)

 実験生物学に携わるようになって、私たちがオスだけを見ているということに私は気づいた。

 私は(立派な)ハエの研究室にいたので、オスとメスの両方を観察できたはずなのだが、しなかった。もちろん、交尾のためにメスのハエを集めたが(ヒト同様、ハエだって繁殖するにはオスとメスが必要だ)、私たちはすべての実験をオスに対して行った。私たちは例外ではなかった。

 交流があった多くの研究所でも同様だった。事実、私が話を聞いた研究所のほとんどがオスだけを使っていた。最後にメスで実験したのがいつだったか覚えていないという所もあった。偶然かもしれないし、そうでないかもしれないが、 。

 実験にオスだけを使う理由を問いただすと、返ってくる答えはたいてい、「それが生物学というものだ。オスとメスを比較すると、メスは変化が大きい」というものだった。このことについては私の論文の中で言及したこともある

 これは重要なポイントなのだろうか。発売された医薬品の合併症の大部分が女性に起こるのは、恐らく臨床試験で女性を被験者にすることが少ないためだろう。基礎的な生物学研究においてさえもメスがほとんど使われていないのと同様に。

 科学において、ほぼ必ず問題になるのはサンプルサイズ(標本数)だ。サンプルが多い方が良好な分解能を得られ、わずかな変化を検出でき、大きな変化をより正確に数値化できるが、時間とコストが増える。そこで、時間と金が重視される。この妥協が多くの研究所に蔓延している のだ。――メスがただの ならば、資金を投入するのは無駄だ。オスに注目しよう。

 しかし、 もしメスが不安定なオスというだけの存在でなかったとしたら? もしメスが生物学的に固有であるとしたら? もし男性中心の研究所がオスに注目しているのだとしたら? 自覚はないが、 男は基本的に間抜けだから。――これは言い過ぎかもしれないが、やっていることは間抜けだ 。

◆ハエの多様性を認めない研究所の体質
 かれこれ10年ほど前に設立した自分の研究所で、私は遺伝的多様性と生物学的複雑性との関連を研究している 。私の研究グループは、基本的に「ゲノムレベルでDNAに見られる驚異的なバリエーションが生物学に見られる驚異的な複雑性へとどのように変わるか」ということを問うている。

 私のグループでは、キイロショウジョウバエを使った研究を多く行っている。この記事を読んでいるあなたの傍にある果物カゴのまわりでブンブンいっているかもしれない果実蠅だ(駆除方法は所外秘だ)。(編注:そう言いつつも実は以前、キイロショウジョウバエの駆除方法を紹介してくれている

 ハエを研究する理由は山ほどあるが、大きな理由のひとつは、それぞれ似ているが遺伝子的に異なるいくつものハエの系統を容易に観察できることにある。ハエの系統は何百種類も存在する。わが家の裏庭にある生ごみ処理機 から採取したハエでも 。

 こうした実験で、単なるハエの生態ではなく、ひとつの系統の真の生態をよりよく理解でき、生物学全般を理解できる。ハエの個体または一族(系統)がどのような反応を示すかという正確な情報を得るのではなく、私たちはハエ全般がどのような反応を示すかを調査する。これは、モデル系の実験において極めて重要な能力だ。個体の生態という枠を超えて種全体の生態へと脱却することが、この外挿の第一歩だ。

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 それぞれの系統は似ているが、違いもある。ヒトの家族や個体で考えてみよう。それぞれの家族はとても似ているが、その生態を変えるかもしれない遺伝的特徴を持っている。ハエの系統も同様だ。多くの場合、野性で交配した1匹のメスから生まれ、研究所で維持される。1回の実験に多くのハエの系統を含むことで、ハエ全般の生態について問うことができ、外挿により、私たちヒト全般の生態について問うことができるのだ。

 この方法を用いることで、遺伝的多様性が極めて重要であることが分かった。異なる系統のハエは、すべて同じ種で、よく似た地域に生息していても、異なる反応を示す。化学的ストレス、飢餓、ゲノムの変異に対するハエの反応に遺伝的多様性がどのように影響する染色体同士がどのように応答し合うかを私たちは示してきた。

 遺伝的多様性の重要性を考えると、なぜ私たちはオスにだけ注目し続けてきたのだろうか。その答えは枚挙にいとまがない。「今までそうやってきたから、そのやり方を続けている」というのが、おそらくもっとも安易な答えだろう。

◆メスはオスとまったく違う
 最近、私の研究所に所属する学生 が完成させた研究で、私たちは実際にオスとメスは似ているか、どちらか一方の変化がより大きいかを検証した。本質的な問いは「メスはただの変化が激しいオスにすぎないのか」ということだ。

 大まかに言うと、環境毒素と有害な代謝副産物を中和するためにハエと人間の体内で使われるスーパーオキシドディスムターゼという酵素の変異によって引き起こされる生物学的変化に、遺伝的複雑性がどのような かという研究をコートニーは行っていた。私たちが用いた「ノックアウト」と呼ばれる特異的変異は、ハエとヒトの寿命を縮め、健康と幸福におおむね悪影響をもたらす。コートニーは、8つの異なるハエの系統(遺伝子型)にまたがる7つの異なる生物学的特性(表現型)を検証し、影響の大きさ、遺伝的背景、そして性別を含めて変異の影響を定量化した。

 今、私がこの原稿を書いているということは、結果は想像に難くないだろう。そう、メスは単なる変化が激しいオスではない。

 ほとんどの場合、オスとメスは同様の反応を示した。大差をつけて、ノックアウト変異の影響が最も大きかった。予想通りの反応だった。

 次に大きかったのは遺伝的背景の影響だ。コートニーは検証したすべての系の生態に違いがあることを発見した。興味深いのは、表現型(私たちが研究していた生態)に大きな違いがあるという理由で使用する系を選んだのに、遺伝的背景による影響は変異よりはるかに小さかったことだ。

 遺伝的背景が変異に勝らなかったことには、いささか驚いた。私たちは基本的に大きな影響が出るような系を選んだのに、それにもかかわらず、変異の影響が最も大きいという結果になった。予想外だが、まあいいだろう。

 しかし、最も注目すべき結果は(それがこの記事を書く理由なのだが)、場合によって、オスとメスは明らかに異なっていたということだ。単に まさに生物学が覆されたのだ。

 もし、私たちが時折するように、研究対象をオスに限定していたら、またはメスだけを対象にしていたら、結論を出せなかったどころか、誤った結論を導き出していたかもしれない。

 メスを研究に取り入れることに反対する可変性についての議論を考えると、同じく重要なのは、メスはオスより変化が大きくなかったということだ。メスとオスは似ているが、生物学的に異なっている。これが結論だ。

 何年も言い続けていることだが、系統を理解し、生物学の問題に明確に答えるためには、遺伝的多様性を取り入れ、多様な遺伝子型に目をやらなければならない。この記事、そして同様の論文が意味しているのは、私はこれからも 強く主張しなければならないということだ。「オスとメスの両方を実験に取り入れなければならない」と。

 オスとメスの両方を実験対象に含めること、もしくは一方の性だけで研究を行う理由を説明することを、多くの資金提供機関が今求めている。ところが意外にも、その通りに研究が行われていないのが実情のようだ 。もちろん、基礎研究への資金提供が増えれば、私たちも予算内でサンプルサイズを増やせるのだが。そうなればどんなに素晴らしいだろう。――オスに偏った研究の現状維持につながらなければ。

 時は2017年。私たちはこのままではいけないのだ 。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by Naoko Nozawa

The Conversation

Text by The Conversation