労働者中心のAI革命なら、ロボットに仕事を奪われることはない

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著:トーマス・コーチャン、(マサチューセッツ工科大学 スローン経営大学院 Professor of Management)、リー・ダイアーコーネル大学 Professor Emeritus of Human resource Studies and Research Fellow at the Center for Advanced Human Resource Studies)

 人工知能を扱うテクノロジーは飛躍的に拡大している。それに伴い、多くの技術専門家や未来学者が、近い将来、人間の仕事の多くが機械に取って代わられると予測している。中には、人間が自らの将来をコントロールできなくなる、と予想するものもいる

 大きな変化が起きていることに異論はないが、だからといって我々はこの考え方が正しいとは思っていない。この課題に対し、こういった姿勢をとれば、未来の技術を構築、実現するにあたって、社会が受け身にならざるを得ないことを意味する。実のところ、イノベーションの形やその結果を決定する絶対的な基準などない。それによって我々がどこへ向かうのか、動かすのは我々自身だ。

 つまり、社会が抱くべき疑問は、「ロボットが人間に取って代わるのではなく、補完する存在になるためには、どのように未来の技術発展を導いていけばよいのか」ということだ。

 日本には、「機械に知恵を授ける」という、的を射たフレーズがある。ここでいう知恵とは労働者のものであり、技術設計への統合的なアプローチだということが我々の研究でわかっている。

◆歴史からの教訓
 AIのような技術によって、消滅する仕事がいくつかあることは間違いない。これは過去にも起きたことだ。

 1890年代、アメリカの労働人口の半数以上が農業に従事していた。当時の農業は、 肉体労働が求められる、労働集約型産業であった。対して、 機械化や複雑なデータ分析によって作物や家畜が管理される現代、農業人口は2%未満に減少しているにも関わらず、生産量は大幅に向上している。

 しかし、新しいテクノロジーが登場すると、これまでになかった新たな仕事も生まれることになる。1800年代、製造業の動力源は水車から蒸気機関に変わった。すると1830年には120万人だった製造業の労働者数が1910年には7倍の830万人に拡大した。同様に、1970年代初頭にATMが登場した際にも、多くが銀行員の仕事が奪われるのではないか、と懸念された。しかし、実際には、ATMが普及した現在でも、銀行員数は当時より多くなっており多様な顧客向けサービスに従事している。

 つまり、新しいテクノロジーの波が雇用を破壊するのか、それよりも新たに創出していくのか、などと予測しようとするのは労力の無駄であり、専門家の間でも意見が真っ二つに分かれるほどだ。

 現在ある職業のうち、来る10年で完全に消滅するものは5%未満だという大手コンサル企業のマッキンゼー・アンド・カンパニーによる詳細な研究を見れば、こういったことに特に意味がないことがわかる。

 むしろ新技術によって人々の働き方がどのように変化するのか、ということに焦点を当てて考えていこう。

◆問題は作業であり、仕事ではない
 その理由を理解するには、仕事というものは一連の作業の集合体であり、新技術のサポートを受けることで作業の方法が変化するものなのだ、と考えればわかりやすい。

 また、同僚や上司など、異なる労働者が手掛ける作業も、テクノロジーを最大限活用して業務遂行できるように、再構成することができる。ジョブデザインの専門家はこれを「作業システム」と呼ぶ。

 マッキンゼーの主な調査結果の1つが、現在ある仕事の60%で、3分の1の作業が未来のテクノロジーにより大きく削減、もしくは変化するだろう、というものだった。つまり、我々の仕事の大部分は残るものの、日々の作業は大きく変化するということだ。

 今日に至るまで、ロボット工学などのデジタル技術の影響を最も強く受けたのは、スペルチェックといった日常業務や、工場の組立ラインで重いタイヤを持ち上げてホイールに取りつけるといった危険で汚く、ハードな作業だ。AIや機械学習が進歩すれば、より多くの作業や職種が大きく影響を受けることになるだろう。

◆統合戦略を生み出す
 我々は、数年にわたってこれらの問題を探求してきた。これも、21世紀の労働をいかに再構築するか、という現在進行形の議論の一環だ。我々は最近出版した著書「 」において、将来的な技術が仕事に与える影響力をコントロールするにあたり、なぜ社会に統合戦略が必要なのかについて言及している。

 そしてその戦略は、人間が新技術を用いてどんな問題を解消したいのか、を定義するところから始まる。これを、技術の発明者のみに任せきりにしていてはいけない。

 幸運なのは、エンジニアAI専門家の中にも、新技術を設計する段階で、解決すべき問題を特定するにあたり、エンドユーザーこそが中心的役割を担うべきだと認識しているものがいるということだ。

 次なるステップは、これらのテクノロジーが、組み込まれる予定の作業システムに沿って設計されているか、しっかりと確認することだ。現在主流となっている逐次戦略では、まず技術設計をおこない、労働現場への影響は後から考慮する。これと比較すると、いわゆる同時設計プロセスのほうが、企業と労働者双方にとってより良い結果を生むことができる。

 同時設計の実例としてもっともわかりやすいのが、1980年代、自動車組立ラインにロボット工学を導入したトヨタ自動車の例だ。逐次戦略をとったゼネラルモーターズなどのライバル企業と異なり、日本の自動車メーカーであるトヨタは作業システム も並行して設計し直すことで、新技術と従業員を最大限活用することに成功した。ここで重要なのが、トヨタが業務改善のためのアイデアを出すにあたり、現場の労働者に直接意見を求めたということだ。

 そうすることで、トヨタの工場では、作業システムを変更しないまま単独型のオートメーションに多額の投資をおこなったゼネラルモーターズなどの競合他社よりも、高い生産性と品質を勝ち取った。

 同様に、1990年代、IT投資と同時に作業システムにテコ入れした企業は、そうでない企業よりも優れた業績を残した。また、過去10年間で電子カルテを導入したカイザー・パーマネンテなどの医療関連企業も同じような教訓を得ていた。

 全ての例でわかるのは、新たなテクノロジーの導入は、単に人間の仕事を減らすだけではない、ということだ。適切に管理されれば、作業の仕組みを変え、人の手による作業を増やすことで生産性とサービスレベルの両方を向上させることが可能だ。

◆労働者の知恵
 しかし、プロセスはこれで終わりではない。労働者が技術的変化に影響を与え、それを活用し、また適応するのをサポートするには継続的な研修が不可欠であり、企業は投資をしていかなければならない。それこそが、新技術を最大限活用するための、第三のステップだ。

 そして、それは新技術導入開始前に始めなければならない。ここで重要なのは、労働者が新たなテクノロジーに関する技術的知識に加えて、 コミュニケーションおよび問題解決能力といった、いわゆる「ハイブリッド」スキルを習得する必要がある、ということだ。

 こういったスキルを持った労働者がいる企業は、技術投資に対して最大の利益を得る絶好のチャンスを得ることができる。今、このようなハイブリッドスキルを持つ労働者の需要は非常に高まっており、彼らに高い給与が支払われているのも当然と言える。

 だからといって、いくつかの仕事が消滅し、一部の労働者が職を失うことが否定されるわけではない。したがって、統合戦略の最後の要素は、職を失くした労働者の新たな職探しをサポートし、また失業者に対して補償をおこなうことだ。たとえば、フォードや全米自動車労働組合は2007年から2010年にかけて事業縮小した際、職業再訓練への援助に加え、多額の早期退職手当や契約解除手当を支払った。

 今後は、このような例が標準化される必要がある。職を追われた労働者に対し、公平な処遇をおこなわなければ、将来の経済において、すでに浮き彫りになっている勝者と敗者の格差がさらに拡大するだけだ。

 つまるところ、新たなテクノロジーを設計、実行する際に現場の労働者を参加させることが、企業にとって来るべきAI革命を乗り切る最善策だ。今目の前にいる労働者が誰よりもその仕事やそれに伴う多くの作業を理解しているのだ、という事実に敬意を表することで、「機械に知恵を授ける」ことがより実現しやすくなるだろう。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by isshi via Conyac

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Text by The Conversation