NASCARが電気自動車を採用してくれたら世界は変わってしまう
著:Bill Nye(「サイエンス・ガイ」として知られている科学教師、テレビのプレゼンター、作家、元工学エンジニア)
私のルーツは米国南部。母はノースカロライナ州ダラム出身、私の姉妹、おい、めい、配偶者たち、その元夫、元妻、多くの子どもたちはバージニア州ダンビル近郊に住んでいる。その辺りでは、レース観戦に行くのは一大事だ。年齢も様々な男の子たち、時には女の子やその母親たちが車に乗り込み、サウスボストンなどのサーキットへ行く。ペーパークリップとよばれるマーチンズビルのレース場に行ったことがある。ここは今でもNASCAR(全米自動車競争協会、National Association for Stock Car Auto Racing)のサーキットで最短、1キロ(約0.5マイル)もない。でもとても楽しい。車は恐ろしいほど速く走り、とてつもなく大きな音をたてる…いや、やかましい!しかし、このワクワクするような、「車が壁を乗り越えてこちらを襲ってくるのでは?」と思わせるクオリティ以上に、このレースには残念なことがある。少なくとも、エンジニアである私にとって残念なのだ。私は、スマートで、効率的な未来の交通テクノロジーを思い描こうとしているのだが、それとは反対のことをNASCARがしているからだ。ここでは、昔の、とても古い交通テクノロジーが賞賛されている。
楽しさはある一方で、NASCARのようなレースは私の心を痛める。それは、旧式テクノロジーの礼賛である。電流ではなく、ガソリン燃焼を活用する。NASCARは、NASA(米航空宇宙局)のようであってほしい。NASCARは、過去ではなく未来を扱ってほしい。NASCARは、企業や個人が最新の自動車技術を開発するのを促すプロジェクト(Grand Challenges)を主催してほしい。ちょうどNASAが最新の宇宙技術開発でそれをしているように。 NASAでは現在、小惑星探索や優れた宇宙スーツの開発、深宇宙での放射線環境での生存のための技術を発明するコンテストを行っている。こうしたコンペはレースのようなものだ。優勝者はかなりの大金を手にできる。他には、Lunar XPrizeを創設したGoogleの例もある。これは、民間人グループがロボットを月に上陸させ、そこで撮影した写真を返信する技を競うという真の意味での競争だ。NASCARが同じようなことをできない理由はない。最もクールで、進化した自動車技術を開発した人に報酬を与える競争はできないだろうか。
中長期的に気候変動の問題に対処していくためには、化石燃料の燃焼を完全に終わりにしなくてはならない。自明、単純、もうそこまできているのか、という解決策とは、私たちの周りにあるすべての乗り物(鉄道、トラック、バス、自動車)を、ちょうど燃料燃焼の乗り物がガソリンタンクにエネルギー源を貯めているようにエネルギーを貯められるバッテリーを備えた電動車に転換することだ。短期的には、その変化を達成するのにNASCARは貢献できるのではないか。すべてのレーシングカーを、いますぐ電気自動車に変えてしまい、電気の力を一般の人々に明らかにするのだ。
以下のデータに着目してほしい。典型的なNASCARレーシングカーのトルク(回転力)は最大540フィートポンド(730ニュートンメートル)。販売されたばかりのTesla Model-S(セダン)は713フィートポンド(970ニュートンメートル )。ドライバーを乗せたときの車体重量が3,600ポンドの時、NASCAR車は最大850馬力を出せる、(それぞれ1,650キロと630キロワット)。Tesla車はNASCAR車より1,000ポンドほど(450キロ)重く、わずか532馬力(400キロワット)の出力だ。最後の方の数字を見ると、確かにNASCAR車はハイエンドの電気自動車より強力であることがわかる。しかしよく注意してほしい。私たちは、レース仕様のNASCAR車を、電気自動車とはいえ、レースで走れるようチューニングされておらず(消費者なら誰でも購入できる)本当の意味でのストックカーと比較しているのだ。ガソリン車は、1世紀をかけて開発された製品。Teslaのような電気自動車メーカーがかけた時間は、せいぜい3年ほどしかない。
私が想像するに、電気レーシングカーがガソリン動力のレーシングカーを完全に凌駕するのは明らかである。電気レーシングカーのピットクルーはきっと、ガソリンを補給する代わりにバッテリーパックを交換する。その車は、専用レーンを駆け上がって進入できるよう設計がなされている。レーンの下でバッテリーパックの接続が解除されて、取り外される。ほどなく真新しいバッテリーパックが差し込まれ、電気レーシングカーは走り去っていく。これにかかる時間は、通常ガソリン車での燃料補給と修理にかかる時間に対応している。
正直言うと、私はジェームズボンドの映画ファンでもある。最新作「スペクトル」の中で、我がボンドはアストンマーチンDB10に乗り込む(そして破壊する)。この車は時速0から60マイルに到達するのに3.1秒かかる(かかった)。他方、改造Tesla Model Sは0~60マイルを2.8秒で到達する。どちらが速いかを確認するのに、顔を近づけて写真を見る必要などない。ガソリンで動くノロマな車、残念でした。電気レーシングカーによるレースがどのようなものか、少し考えてみてほしい。今より速く、しかも静か。観客であるあなたは、隣の人と会話ができるだろう。ドライバーはおそらく、今はただ想像するしかないのに、観客のざわめき声を聞くことができる。私がみるところ、最も大事な点は、観客のすべて、レースファンのすべての人が電気自動車を求めていることだ!電気自動車市場は熱狂的になるだろう。自動車メーカーは、これほど素早く生産することができた。交通システムをオール電化に転換するのは、馬が曳く乗り物から馬のいない車に至った20年ほどの期間を要しないだろう。私があなたにぜひお伝えしたいのは、一度電気自動車を運転したら、他の車を運転したいなどとは決して思わないということだ。速くて、静かで、メンテにお金がかからない。
私はこのように楽観的なのだが、NASCARのことを考えると意気消沈してしまう。ここでは旧式テクノロジーが使われている。キャブレター、バルブ・プッシュロッド、鋳鉄製のエンジンなど。しかし、私から見て一番残念なのは燃料消費だ。ガソリン車は100キロあたり80リットルもしくはマイルあたり3ガロン(mpg)消費する。最大で4.5 mpgになることもある。私が思うに、これはきわめてたちが悪い。
一見後ろ向きのようだが、未来指向の話をしよう。私が小さかった頃、自動車レースは最新テクノロジーが開発されている場所であって、旧式の技術が保存されていたり、ましてや礼賛されたりしている場所ではなかった。スピードが速く、優れたハンドル操作のできる車をすごいと思っていた。今度、インディアナポリスのモータースピードウェイ殿堂博物館に行かれた際には、STP-パクストン・ターボカーをぜひ見てほしい。ヘリコプター用タービンエンジンを自動車レース用に採用したこの車は、1967年のインディ500のレースでほぼ勝利を収めた。全レース200ラップのうち大半の170ラップでリードを保ったのだ。残り3週を残して、ボールベアリングが破損。レース関係者なら次のように言うだろう。このタイプの革新的な車が来る年も来る年もレースに参戦するのを認めるのなら、レーシングチームはこれを何度もテストする機会を得て、勝利の確実なイノベーションをさらに改善するようになるだろう、と。すると、他のレーシングカーは陳腐化してしまう。このようなイノベーションを採用することをせずに、彼らは吸気口の許容サイズを変更した。極端に小さくすることで、タービン車が対応できないようにしたのだった。
私は、すべての車をタービンエンジンで動く車にすべきだと言っているのではない。レースとは、過去ではなく未来に関わるものであると言いたいのだ。NASCARがNESCAR(全米電気自動車競争協会)になるのはどうだろうか? NASCAR(もしくはNESCAR)が電気動力駆動を採用するのが早いほど、自動車テクノロジーの分野で米国が世界をリードする日が早く訪れる。そして、私たちが雑貨店への買物、サッカーチームメンバーのピックアップ、通勤やレース観戦などに行きたいと思ったときにCO2を大気中に排出しなくなる日も早く訪れるのである。
This article was originally published on AEON. Read the original article.
Translated by Conyac