スイス発「前日パン」再販店が広がる 食品ロス削減の新モデル

エス・バー(ÄSS-BAR)の店内(写真=すべて筆者撮影)

 世界で生産された食品の約40%が毎年廃棄されているともいわれ、食品廃棄の削減に向けた取り組みは遅れている。欧州連合(EU)では、2023年の1人当たりの食品ロスは130キロだった。上位3か国のキプロス、デンマーク、ギリシャでは200キロ以上が廃棄された。

 非EU加盟国のスイスでも食品ロスは多い。スイス環境庁によると、スイスの食品消費に伴うサプライチェーン全体(海外での生産段階も含む)では、1人当たり年間約310キロの食品ロスが発生している。そんなスイスで、町のパン屋から前日に売れ残ったパンを回収して販売する店「エス・バー(ÄSS-BAR)」が広がっている。

◆一晩経っても、おいしい
 チューリヒの旧市街にあるエス・バー ニーダードルフ店は、パン職人やパティシェがいないパン販売店だ。バゲットなどの大型パンから、惣菜パン・菓子パン、ケーキまで、店内で販売する品々はすべて、市内の提携パン屋や洋菓子屋から無料で仕入れている(スイスではパン屋兼洋菓子屋も多い)。前日の売れ残りのため、大幅に割引した価格になっている。現在、提携店は20を超え、提携店には売り上げの一部が支払われる。

クリーミーなブリーチーズと野菜を挟んだサンドイッチ、エス・バーでは定価の半額以下

 パンは焼いた翌日でもおいしく食べられる。エス・バーの商品も、当日に作られたものと味はほとんど変わらない。店のサイトによると、顧客層は大きく分けて2つ。学生や貧困層など節約を重視する人たちと、食品ロスの問題に関心を持ち、積極的に行動を起こしたい人たちだという。

◆100人の雇用を創出
 エス・バーは2013年秋に、4人の友人によって設立された。当時、ドイツやフランスにこのビジネスモデルがすでにあったことを知り、スイスで導入してみようと始めたのだという。

 国内メディアが注目し、市民からの反響も大きかった。ニーダードルフ店の成功を受け、エス・バーは他都市にも進出し、現在では計9店とフードトラック1台(スイス連邦工科大学チューリッヒ校での移動販売)を運営している。最新の支店は、昨秋、チューリヒ市内のバー(通常は夜間にバーとして営業)にポップアップとして登場した。

 ドイツ語圏(ドイツ、スイス、オーストリア)で最大の料理ライフスタイル雑誌、ファルスタッフが2023年に行った「チューリヒで好きなパン屋」の読者投票において、エス・バーは堂々の5位に入った。

 エス・バーは非営利団体ではない。設立当初から利益を上げることを目的にしていた。現在、全国で約100人の従業員を雇用している。全従業員はスイスの平均給与を受け取っているという。

ニーダードルフ店の入口

◆パンの廃棄 80万キロの削減に貢献
 パンはスイスの主食だ。スイス製パン菓子協会(SBC)によると、スイスでは年間数億キロのパン類が消費され、そのうちの26%にあたる1億キロが廃棄されているという。1キロのパンを生産するには、1600リットルの水、174時間の日照時間、1平方メートルの耕作地といった資源が必要で、このような資源の無駄遣いを考えると、パンの廃棄量を削減することは急務といえる。

 エス・バー全体で、年間約80万キロのパン類の廃棄を抑えているという。スイス全体で発生する1億キロのパンの廃棄量に比べると少ないが、それでも貢献度は大きい。エス・バーで再販する商品はほとんどが売れ、最後に残るのは約5%のみ。それらは閉店後に従業員が持ち帰ったり、慈善団体に寄付したり、バイオガスに加工される。

 地元企業とのコラボによる商品開発にも力を入れている。例えば、チューリヒでは、チョコレートメーカーと共同で、エス・バーのオーガニックパンを角切りにして焼き、最高級のダーク・ミルクチョコレートでコーティングしたお菓子を開発した。また、地ビールの醸造所では、3年間の研究期間を経て、エス・バーのパンを使ったスパイシーな香りのビールを誕生させた。

パンの回収および配達に使われる車

◆“100%売る”には、顧客の意識改革が必要
 廃棄されるパンの量を減らすには、生産量を減らすのが一番よいと思うかもしれないが、事はそれほど単純ではない。エス・バー共同創始者兼マネージングディレクターのサンドロ・フルナリ氏は、天候、イベント、休暇、予期せぬ事態など、あまりにも多くの要因が絡み合っていて、パン屋や洋菓子屋が日々の需要を正確に予測することは、事実上不可能だと説明する。そして、廃棄量が減らない根本的な理由は、「パン類がとても安く、たとえ一部が廃棄されても生活に影響がないことだ」という。(ホテル・レストラン業界新聞

 では、エス・バーの支店をもっと増やせば、廃棄されるパンはさらに減らせるだろうか。フルナリ氏は、それも難しいと言う。エス・バーの商品が午前中に多数売れ、午後に商品が陳列ケースの3分の1を占めている状態だと、それらはなかなか売れないのだという。残り少ないセール品の中から買うのを嫌がる人が多いからだ。

 これを避けるには、常に商品を補充する必要がある。しかし、売れ残りのパンが不足して作りたてのパンを補充するとしたら、エス・バーの基本である“サステナビリティの精神”に反することになってしまう。フルナリ氏は、人々の意識が変わり、すべての商品を購入してくれるようになることを願っている。

Text by 岩澤 里美