果物長持ちスプレー、消費期限センサー… 食品廃棄物を削減する新技術
カビの生えたリンゴ。冷めて湿ったフライドポテト。こういう食品の無駄は、何とかならないのだろうか? 新たな科学技術が、何とかしてくれるかもしれない。
レストラン、食品販売店、農家、食品会社などの間で、化学と物理学を駆使した新技術への関心が高まっている。その目的は、食品廃棄物問題に取り組むためだ。
一部の事業者は、フルーツの皮に吹き付けてその成熟を遅らせるスプレーや、同様の効果を持った化学処理済みのシール製品の導入を試みている。また別の企業は、肉が安全に食べられるか否かを判定できるデジタルセンサーを開発中だ。このセンサーの精度は、食品ラベルの品質保持期限情報よりも正確だ。そのほか、テイクアウト用の箱の蓋の裏に取り付ける新開発の防湿パック。熱力学を応用したこの製品を使うと、フライドポテトを長時間カリカリのまま保持できる。
昨今、食品廃棄の問題と食品廃棄に要する莫大なコストへの意識が高まりつつあるなかで、環境負荷と経済性という2つの観点から廃棄物軽減の取り組みが活発化していると専門家らは指摘する。食品廃棄物研究を手がける非営利団体のリフェッド(ReFED)によると、アメリカ国内の食品廃棄物関連スタートアップ企業の2021年の資金調達額は48億ドル。これはじつに、2020年の調達額を30%も上回る金額だ。
カリフォルニア大学デービス校ポストハーベスト技術センター代表を務めるエリザベス・ミッチャム氏は「この事実に、にわかに大きな注目が集まりました。スタートアップ以外の既存の企業の間でもこの分野で何ができるのか、現在活発な議論が行われています」と話す。
リフェッドによると、2019年にアメリカ国内で流通した2億2900万トン(4180億ドル相当)の食品のうちおよそ35%が、売れ残るか誰にも食べられずに廃棄されたという。米環境保護局(EPA)によると、各自治体の埋め立て地に廃棄されるゴミのうち、最大カテゴリーを占めるのが食品廃棄物だ。廃棄され、腐敗した大量の食品は悪名高い温室効果ガスのメタンを放出することになる。
しかし、リフェッドの見積もりによるとハイテク包装材を導入することで、毎年50万ポンド(約225トン)もの食品の埋め立て廃棄を回避できるという。
スウェーデンのストックホルムに本社を置くイノセンティア(Innoscentia)社が新開発した食品センサーは、包装内の微生物量に基づき、その肉が安全かどうかを判定する機能を持つ。また、アメリカとベルギーで事業を行うライプ・ラブズ(Ryp Labs)社は、特殊なガスを放出してフルーツの熟成を遅らせるステッカーの開発に取り組んでいる。
セイバーパック(SavrPak)社は、航空宇宙技術者のビル・バージェン氏によって2020年に起業された。以前よりランチボックス内の食品がすぐに湿ってしまうことに問題を感じていた同氏は、米食品医薬品局(FDA)認可済みの、食品に安全な素材で作られた植物ベースの防湿パックを開発した。このパックは、テイクアウト容器の内側に取り付けることで容器内の結露を吸着する。これを使えば容器内の食品をアツアツ・サクサクのままで、より長時間保存することが可能だ。
テネシー州ナッシュビルを本拠とするホットチキン(訳者注:ナッシュビル名物のスパイシーなフライドチキン料理)チェーンのハッティー・ビーズ(Hattie B’s)は当初、この防湿パックの機能に懐疑的だった。ところがその後、湿度センサーを使った機能テストでセイバーパック社の除湿パックの効果が実証されたことから、ハッティー・ビーズはテイクアウト商品の容器にこのパックを導入。セイバーパック社と協力して防湿パックを取り付けたテイクアウト用の標準ボックスを製作し、使用する決定を下した。
ハッティー・ビーズの料理学習・開発担当副主任を務めるブライアン・モリス氏によれば、この除湿パック1個あたりの費用は1ドル未満。その追加費用で、テイクアウト商品のクオリティ向上が見込めるという。同氏は「フライドチキンは商品が店舗を離れた瞬間から、たちまち品質コントロールが難しくなります。しかし当社としては、そこでも顧客のフードエクスペリエンスの質を落としたくないのです」と述べている。
しかし、一部の企業や消費者にとっては、商品コストの高騰は乗り越え難い大きな障壁となりうる。アメリカ最大の食品販売チェーンのクローガー(Kroger)社は今年、カリフォルニア州ゴレタに本拠を置くアピール・サイエンス(Apeel Sciences)社との複数年パートナーシップ契約を終了した。終了の理由は、アピール社が開発した農産物の水分保持と酸化防止機能を備えた食用コーティング剤(ブラシまたはスプレーで食品表面に塗布する)の使用に要する追加費用を、消費者側は好ましく思わないとの結論に達したからだという。
アピール・サイエンス社によると、このコーティング処理を実施した場合、アボカドであれば数日間、柑橘類であれば数週間も品質保持期限が長くなる。コーティング処理に使用されるのは、精製モノグリセリドとジグリセリドと呼ばれる物質。これらは食品添加物としてよく使用される乳化剤の一種だ。
クローガー社側は、アピール・サイエンス社製品のコストが具体的にいくらなのか、その点については言及しなかった。アピール・サイエンス社側も、個別の食品流通業者や食品販売店ごとに価格が異なるとして、コーティング処理された農産物の平均的な価格プレミアムの額を公表していない。しかし、その一方で自社で実施した調査において、消費者側には品質保持期限の長い農産物に対して従来よりも高めの金額を支払う意欲があるとの結果が出たと主張する。同社はまた、そのほかの最先端技術の導入に関してクローガー社との話し合いを継続しているという。
食品保存技術のイノベーションにおいては、実はもう一つ、別の大きなハードルがある。それはすなわち、食品の種類によって生物学的特徴と取り扱い要件がそれぞれ異なるという点だ。
ミシガン州立大学農学部園芸学科のランディ・ボードリー教授は「全食品の保存状況を一気に改善できる、そのような単一の新技術はないのです」と言う。
ボードリー氏は、そのような食品保存分野の複雑さゆえに一部のプロジェクトが不調に終わったと、自分自身の失敗談を語る。同氏は以前、トマトのカビの発生を抑えるパッケージの設計に関してある大手包装会社とコラボレーションを行った。しかし、パッケージが機能を発揮するには、トマトのサイズを選別し、それぞれのパッケージ内でトマトの茎の部分を上に向けて揃えることが必要条件だった。最終的にそのプロジェクトは中止となってしまった。
ボードリー氏は「外部の研究者とデータや技術情報を共有していないスタートアップ企業も存在するため、最も効果的な技術が何かを判断することは難しい」と指摘する。
一部の企業は、すでに実用の現場で効果が実証された従来技術に、新たなアプローチを組み合わせている。シカゴに本社を置くヘーゼルテクノロジー(Hazel Technologies)社は、1-メチルシクロプロペン(1-MCP)製品の販売を行っている。このガスにはフルーツの成熟を遅らせる効果があり、すでに過去数十年にわたって業界で使用されてきた。環境保護局も、この化合物には毒性はないとの見解を示している。従来の使用においては植物ホルモンであるエチレンの生成を阻害するため、密閉された貯蔵室にガスを注入する形で使用されることが多かった。
ヘーゼルテクノロジー(社が画期的だったのは、この 1-MCPを砂糖の小袋ほどの小パックに加工し、農産物のコンテナの中でゆっくりガスを放出する製品として販売したことだ。
ミシガン州ベルディングにある大規模リンゴ包装施設、ベルハーベスト(BelleHarvest) の施設・保管マネージャーを務めるマイク・メイジー氏は今年、このヘーゼル社の保存パックを約3000個まとめて発注した。同氏はガス充填貯蔵室内に入りきらないフルーツのコンテナ用に、この製品を利用した。
同氏は「リンゴ1ブッシェル(35リットル相当)がさらに1週間長持ちするなら、これを使わない手はないでしょう? 実際、実に効果的ですよ」と言う。
新たな科学技術にはもちろん期待が持てるが、それだけで食品廃棄物問題がすべて解決するわけではないと、天然資源防衛評議会(NRDC)の食品廃棄物担当ディレクター、イヴェット・カブレラ氏は語る。同氏によると、食品廃棄物の多くは一般の住宅から発生している。そこでは新規の食品保存技術に期待するよりも、「ゴミの分量を減らす」「一度に購入する食品の量を減らす」「食品ラベルの情報精度を向上させる」などの対策がより高い効果を発揮するという。
同氏は「社会全体として、食品を大切に扱わない風潮があることが問題です」と話す。
By DEE-ANN DURBIN AP Business Writer
Translated by Conyac