ESG投資の盲点:サプライチェーン 35兆億ドル規模の業界が約束するサステナビリティに疑問
著:Tinglong Dai (ジョンズ・ホプキンズ大学、Professor of Operations Management & Business Analytics, Carey Business School)、Christopher S. Tang (カリフォルニア大学ロサンゼルス校、Professor of Supply Chain Management)
株を持っている人なら、ESGという言葉に馴染みがあるのではないだろうか。ESGとは環境、社会、ガバナンスを意味し、気候変動を含むサステナビリティや社会的責任に真剣に取り組む企業のリーダーを称え、取り組みが足りなければ罰するための方策である。
そのコンセプトが国際連合の報告書に取り上げられてから20年もたたないうちに、ESG投資は35兆ドル規模の業界へと進化を遂げた。2020年の時点でアメリカの全運用資産のうち、3分の1を監督している運用会社がESG基準を使用したとしている。また、「ESG」銘柄のポートフォリオで運用されている外国資産は、2025年までに53兆ドルに到達するとみられる。
ESG投資が勢いを増した理由のひとつとして、投資家たちの間で強まっている「社会にポジティブなインパクトを与えたい」という願望を満たした点が挙げられる。ESGを評価することで、企業の環境、社会、ガバナンスに関する行動と結果を定量化でき、投資家は十分な情報に基づく決断を下せるようになる。
しかし投資家らは、ESGファンドに見当違いな信頼を置いてはいないか。サプライチェーンマネジメントやサステナブルな事業を研究する学者らが指摘するように、ブルームバーグ、MSCI、サステナリティクスといった格付け機関がESGリスクの評価に使用している手法には、大きな穴がある。それが、サプライチェーンのパフォーマンスだ。
◆サプライチェーンを無視することの問題点
ほとんどすべての企業の事業が、労働者、情報、リソースから成るグローバルサプライチェーンに支えられている。企業のESGリスクを正確に評価するためには、サプライチェーンの運用を端から端までくまなく考慮しなければならない。
ESGの評価について我々が最近実施した調査の結果、ESG格付け機関の大半が、各社の事業を支えているグローバルサプライチェーンの観点からは、ESGのパフォーマンスを評価していないことが判明した。
たとえばブルームバーグのESG評価では、「サプライチェーン」を「S」(社会)の欄の項目のひとつとしている。この評価方法だと、サプライチェーンは炭素排出量や気候変動の影響、汚染物質、人権をはじめとするそのほかの項目とは分けて扱われる。つまりこれらの項目についてはいずれも、この曖昧な「サプライチェーン」という評価基準において考慮されていなければ、企業自身の取り組みは反映されてもサプライチェーンパートナーの取り組みは反映されていないことになる。
さらに、画一的な報告基準が存在しないため、企業がサプライヤーのパフォーマンスを収集するときにも「選択的な報告」が起こり得る。最近行った調査では、企業は環境への意識が高いサプライヤーを報告し、「悪い」サプライヤーを隠したがる傾向があり、サプライチェーンについて事実上の「グリーンウォッシュ」が行われていることがわかった。
もうひとつの例として、炭素排出量が挙げられる。ティンバーランドなど多数の企業が、自社の事業による排出量を削減するという点では大きな成功を収めたとしている。しかし「スコープ3排出量」と呼ばれる各社のサプライチェーンパートナーや顧客による炭素排出量は、大きいままの可能性がある。スコープ3排出量に関してはデータが不足しているため、ESG格付け機関も正しく計算できずにいる。製造業界では19%、サービス業界では22%の企業しかこのデータを公表していない。
さらに広く見れば、企業のサプライチェーン全体を考慮した上でESGを評価しなければ、グローバルサプライチェーンのネットワークについても取りこぼしが生じる。現代の企業は大小を問わず、いずれも日々の業務を進めるなかでこのネットワークに依存している。
◆アマゾンと外部サプライヤーの問題
たとえばアマゾンは、ESGファンドを保有する企業のなかでも最大かつ人気の企業のひとつだ。アマゾンは年間売上でウォルマートを上回るが、輸送による排出量は、ウォルマートの7分の1にとどまると報告している。しかし2つのアドボカシーグループの研究者が輸入に関する公開データを再調査したところ、アマゾンの海上輸送のうち15%しかトラッキングされていなかったことが判明した。
さらに、アマゾンの数値には、多数の外部販売業者やアメリカ国外で運営しているサプライヤーに起因する排出量が含まれていない。この差は問題である。ウォルマートのサプライチェーンが一点集中型の調達戦略に基づくのに対し、アマゾンのサプライチェーンは非常に分散的だ。収益の大部分は外部のサプライヤーによるもので、その約40%が中国から直接販売していることも、排出量のトラッキングと報告をより複雑化している。
ESGのもうひとつの重要な評価基準は、消費者保護に関係するものだ。アマゾンは「地球上でもっとも顧客中心の企業」を自称している。しかし、アマゾンのプラットフォームで外部の販売業者が販売している製品で顧客が怪我をしたとしても、アマゾンの役割は買い手と売り手をマッチングする「オンラインマーケットプレイス」に過ぎないので、その損害の責任を問われるべきではないと主張する。また、国外の外部販売業者は、アメリカの司法権の支配下にない場合も多々あり、責任を問うことはできない。
しかし、大手ESG格付け機関がアマゾンのサプライチェーンのパフォーマンスを評価する際に、サプライチェーンにおける消費者保護関連の問題は反映されていないようだ。
たとえば2020年には、大手ESG格付け機関であるMSCIが、アマゾンにはコーポレートガバナンスやデータの安全性といった分野に強みがあるとして、消費者の責任に関するリスクがあるにも関わらず、同社のESG評価をBBからBBBに引き上げた。
このような齟齬は、3M、エクソンモービル、テスラといった企業の評価についても懸念される。
◆強まる他国からの圧力
現在は画一的な報告基準が存在しないため、各社が自社のサステナビリティ評価および社会的評価を底上げできるようなESGパフォーマンス評価手法を、慎重に選んで報告に使用している。
一貫性を向上するためにESG格付け機関が次にすべきことは、グローバルサプライチェーンの全体を対象とし、環境的に有害になり得るものや非倫理的な事業を見逃さないようにするため、評価手法を練り直すことである。たとえば、スコープ3排出量をはじめとするサプライチェーンパートナーの行動を収集、公表した企業に対しインセンティブを設けることなどが考えられる。
2021年6月、ドイツ議会でサプライチェーン・デュー・デリジェンス法が可決された。同法律は2023年に施行される予定だ。この新法により、ドイツに拠点を置く大企業は、グローバルサプライチェーンのネットワークに起因する社会問題および環境問題の責任を負うことになる。
この法律には、サプライチェーン全体における子供の労働および強制労働の禁止や、労働衛生および安全への配慮などが定められている。違反すると、年間収益の最大2%の罰金が課される。
欧州連合が新たに定めた金融機関に対するサステナビリティ情報開示規則は、2021年3月に施行されており、違った形の圧力を与えている。こちらの規則はファンドに対し、ESGの特性が投資判断にどのように取り入れられているのか、詳細に報告するよう求めるものだ。ブルームバーグによると、規則の施行を受け、資産の一部から「ESG商品」の文言を取り消すことになった運用会社もある。
アメリカにはこのような法律がないため、差を埋めることができるのは、ESG格付け機関だ。確かに、企業のサプライチェーン全体におけるESGのパフォーマンスを調べるとなると、作業ははるかに複雑化する。しかし格付け機関が、ESGのすべての側面と企業のサプライチェーンにおけるありとあらゆる事業を関連付けることができれば、サプライチェーン全体を見て、従来ならうやむやにしていた行動にも責任を持つよう、各社のリーダーを導くことができる。
This article was originally published on The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
Translated by t.sato via Conyac