「石炭なしでは生きられない」インドの炭鉱地帯に生きる人々

Altaf Qadri / AP Photo

 ラジュ氏は毎日自転車に乗り、不本意ながら世界を少しずつ気候災害へと向かわせる。

 来る日も来る日も、鉱山から奪い取った石炭6袋(最大200kg)を自転車の強化金属フレームにくくりつけ、2ドルの報酬を得るため16km離れた場所にいるトレーダーに届ける。警察の目と暑さを避けるため、移動するのはいつも夜だ。

 ラジュ氏以外にも、何千という人が同じ状況に置かれている。

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 ラジュ氏は2016年、インド東部のジャールカンド州ダンバードへやってきた。それ以来、ずっとこうした生活を送っている。故郷は毎年洪水に襲われ、伝統的な農作業が大きな打撃を受けた。いまの同氏には石炭しかない。

 しかし、スコットランドで開かれたCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)の主張は「脱石炭」だ。

 インドの農作業を奪う洪水をはじめ、気候変動がもたらす壊滅的被害を防ぐため、人類は温室効果ガス排出の唯一にして最大の原因でなる「石炭の燃焼」を止めなければならない。これは地球の切実な願いだ。しかし、人々は石炭に依存している。石炭は世界最大の電力燃料であり、ラジュ氏のように必死に生きる多くの人々の生活を支えている。

 同氏は「貧しい人々には、悲しみしかありません……しかしとても多くの人が石炭によって救われています」と話す。

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 COP26議長を務めるイギリスのアロック・シャルマ氏は、「脱石炭が実現する瞬間が来るのを待っている」と述べている。確かに一部の先進国にはそれが可能かもしれないが、発展途上国にとってはそれほど単純なことではない。

 途上国側は石炭などの安価な燃料を燃やすことで、先進国のように「炭素空間」を成長させていくべきだと主張する。実際、それらの燃料は製鉄や発電所などの産業工程で使用されている。一般的に、アメリカ人の電力使用量はインド人の約12倍だ。インドには、いまだに電気をまったく使用できない人々が2700万人以上いる。

 インドの電力需要は今後20年間で、世界のどの国よりも急速に増加するとみられている。これはインド経済が成長するのと、世界中の人々が当たり前に使っているエアコンの需要がさらなる猛暑によって高まるためだ。

 こうした需要を満たすのはラジュ氏のような人々ではなく、すでに世界最大の鉱山企業であるコール・インディアのような企業だ。同社は2024年までに年間10億トン以上の増産を目指している。

 ラーンチーにあるインド貿易労働組合センターで秘書を務めるD.D.ラマナンダン氏は、「石炭から移行するという話がなされているのはパリやグラスゴー、ニューデリーだけです」と話し、インドの石炭鉱山地帯ではまだほとんど聞かれないという。同氏は「石炭は約100年の歴史があり、労働者はこれからも続くと信じているのです」と語る。

 石炭がもたらす結果は地球規模でも、地域レベルでも感じられる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、世界が温室効果ガスの排出量を大幅に削減しない限り、地球は今後数年間でさらに極端な熱波や不規則な降雨、破壊的な嵐に見舞われることになるという。

 また、2021年に実施されたインド政府の調査によると、インド最貧州のひとつであり、石炭埋蔵量がもっとも多い州のひとつでもあるジャールカンド州は、気候変動に対してもっとも脆弱な州でもある。

 しかし、政府所有の炭鉱で働いて固定給と手当を得ている人々は約30万人にのぼる。さらにワシントンの戦略国際問題研究所でエネルギー安全保障と気候変動を研究しているサンディープ・パイ氏は、「インドでは、石炭に直接または間接的に関わって生活している人が400万人近くいます」と述べている。

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 インドの炭鉱地帯には、鉄鋼やレンガ製造など燃料を必要とする産業が点在している。同国最大の雇用主であるインド鉄道では収入の半分が石炭輸送によるもので、その分旅客運賃を補助できている。

 パイ氏は「石炭はエコシステムです」と言う。

 パンデミックによってインドの景気が減速した結果、ナレシュ・チャウハン氏(50歳)とその妻、リナ・デビ氏(45歳)のような人々は石炭への依存を強めている。

 彼らは生まれてからずっとダンバードのジャリア炭田の端にある村で暮らしてきた。ジャリア炭田といえば炭鉱火災が起き、一部では何十年たったいまも鎮火せずに燃え広がっているため、地面が焦げスポンジ状になっている。彼らの小屋の近くでも地表の割れ目から煙が上がり、あちこちに致命的な陥没穴が開いている。

 夫婦は毎日かご4杯分の石炭をトレーダーに売り、3ドルの収入を得る。何世代にもわたって石炭を掘って暮らしてきた家族の場合、農地を所有することはほとんどなく、ほかに行く場所はない。ナレシュ氏は自身の息子に「運転の仕方を学んでほしい」と望んでいる。せめてこの状況から逃げられるように、と。しかし、もしそれが叶ったとしても十分とはいえないだろう。実際、市内のタクシー運転手の仕事は減少している。かつては結婚披露宴に来るゲストの送迎用に車の予約をしていた人も多かったが、結婚式自体が減ってしまった。街を訪れる旅行者も以前より少ない。

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 同氏は「あるのは石炭、石、火だけ。ここにはほかに何もありません」と話す。

 もし世界がいずれ石炭から遠ざかることになれば、ダンバードの人々はさらに厳しい状況に追い込まれる。パイ氏は「再生可能エネルギーの価格が下がり、石炭の収益性が低下するにつれ、状況はすでに厳しくなっています」と指摘する。

 インドをはじめとする石炭依存地域の国々は、労働者の生活を守るため、そして新しい機会を提供することで石炭からの移行を促進するためにも、経済を多様化し労働者を再教育しなければならない。そうでなければ、ムルティ・デビ氏のような人がさらに増えるだろう。

 デビ氏は4人の子供を抱える32歳のシングルマザーだが、4年前に働いていた鉱山が閉鎖され、生涯の仕事を失った。石炭採掘会社は再定住プランを約束したが実現されないため、ほかの多くの人々と同じように石炭の清掃業務に目を向けた。稼ぎは調子のよい日で1ドルほど。そうでない日は、隣人の支援に頼っている。

 デビ氏は「石炭があれば私たちは生きられる。石炭がなければ、私たちは生きられない」と話す。

By ANIRUDDHA GHOSAL AP Science Writer
Translated by isshi via Conyac

Text by AP