テーマは「コロナ禍を経て感じた孤立」 「ニューノーマル」チョン・ボムシク監督インタビュー

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韓国ホラー歴代興行収入2位の『コンジアム』を手掛け、国際的な注目の最中にいるチョン・ボムシク監督の最新作『ニューノーマル』が2024年8月16日、日本にて劇場公開されました。

【画像】映画『ニューノーマル』のチョン・ボムシク監督インタビュー

本作は6つのチャプターから成るオムニバススリラーで、日本でも人気のチェ・ジウ氏が主演を務めると話題になっています。

「日常に潜む恐怖」を描いた113分が私たち観客に突き付けるものとは何か。NewSphereは監督にインタビューを行い、その答えを引き出しました。

「ニューノーマル」が訴えるテーマは「孤立」

本作のテーマは「孤立」。

監督はポストコロナにおける人々の孤立化を感じ、本作を制作したと語ります。

「韓国では元々、食事は家族や友人と共に取るものだという文化があり、孤食はほとんど見かけなかった。しかし、コロナ禍によって孤食が当たり前となった」。

この監督の問題意識はEDにて、それぞれの登場人物が1人でスマホを弄りながらカップ麺を食べるという演出にも反映されています。

映画の構成自体も、「孤立」を際立たせる要素になっています。

本作ではチャプター1で殺人犯が明らかになるように、前半チャプターまではそれぞれが独立したオムニバスのように感じられます。

しかし、後半に入ると互いに因果関係のある物語だということが判明するのです。

この構成はクエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』に影響を受けたとチョン監督は明言しました。

さらに、「孤立によって若者が自殺にまで追い込まれる社会において、人々や物事は別々に存在しているようで互いに関係していることを、構成によって伝えたかった」とコメントしています。

若者の孤立に関して、本作で最も鮮明に描かれたのはチャプター6です。

ハ・ダイン氏演じるヨンジンは音楽活動の為に都会に出てきたものの、思うようにいかずコンビニの夜勤バイトに明け暮れる日々を過ごします。

そんなストレスを家族にも明かせず、帰宅しても1人でネットを見るだけの彼女が魅了されているのがフランシスコ・デ・ゴヤの名作《我が子を食らうサトゥルヌス》です。

実はチョン監督自身、スペインのシッチェス映画祭に招待された際にプラド美術館を訪れ、オリジナル作品を見て大変感銘を受けたそうです。

帰国後もそのおぞましさが脳裏に張り付いて離れなかったというチェン監督。

本作の制作過程において、悲観的で歪んだ内面のヨンジンが暴力に魅入られる様を表現する際に、真っ先にこの絵が思い浮かんだといいます。

この絵はただ暴力的な狂気を孕んでいるだけではなく、先述した孤食にも繋がる「食う様」を描いているのが気に入ったのだと語りました。

さらに、ゴヤが本作品を描いた1819年から1823年はスペイン立憲革命の時期と重なります。

暴力によって権利を獲得しようとする、まさにその時代にとっての「ニューノーマル」を表している作品だったことも、本作に取り入れられた理由です。

「孤立」が生み出した「異常犯罪」

孤立が生み出したもう一つの側面が「今までに無かった異常犯罪」です。

本作でもそれぞれのチャプターにて凄惨な犯罪が描かれます。

「今まで人々の間にあった道徳や規範、法といった安全を守る壁が無くなってきている」。

登場する犯罪者の過半数が女性や老人といった社会的に弱いとされる立場の人々に設定されているのも、「そんなの有り得ない」とされていたものが有り得てしまうニューノーマルな社会を表現しているそうです。

また、映画の冒頭と結末にて流されるニュース音声はどれも耳を塞ぎたくなるような卑劣な犯罪を伝えていますが、全て韓国で実際に流されたものを使用し、現実社会の陰鬱な顔を照らし出しています。

日常が歪に蝕まれるこれらのストーリーは、日本のフジテレビドラマ『トリハダ』に影響を受け、スムーズな制作進行のために版権も購入しているといいます。

また、物語にリアリティを持たせるために、チョン監督は若者の自殺やコンビニのブラックバイトに関するドキュメンタリーを視聴するなど、様々なコンテンツを参考にしていると語りました。

音楽監督はユン・サン氏

以前のインタビューにてチョン監督は、脚本や演出だけでなく全ての設計を監督が担うという点がホラー映画の醍醐味だとコメントしています。

本作でも音楽制作に力を入れており、音楽監督として韓国を代表する作曲家のユン・サン氏を招きました。

いつもは脚本執筆時点で音楽設計も行うというチョン監督ですが、本作においては撮影が始まってからも音楽監督が決まっていなかったそうです。

そんな中、撮影に向かう車内で普段から聞いていたユン・サン氏作曲の『Running』が偶然流れたことをきっかけに、ユン・サン氏を起用したいと考えました。

ユン・サン氏もチョン監督のデビュー作『1942奇談』のファンだということでオファーを快諾したといいます。

ユン・サン氏について、チョン監督は「説明以上の結果を出してくれた」と評価しています。

それでも楽曲選びは難しかったそうで、特に頭を悩ませたのはチャプター2。

白黒ディズニー映画というコンセプトに合う楽曲は中々見つからず、最終的にセルゲイ・プロコフィエフの『ピーターと狼』が採択されました。

その他にも、本作では人気アイドルグループRIIZEのANTON氏を始めに、ユン・サン氏の友人ミュージシャンとして豪華な面々が参加しています。

「ニューノーマル」撮影中の裏話

さらに、チョン監督は本編では知ることの出来ない撮影の裏側について聞かせてくれました。

チャプター2の終盤で訪れる老朽化した建物について、監督は「狐の巣窟」と呼びながら「中々相応しいロケ地が見つからなかった」と話します。

そこでプロデューサーが本編で使用したロケ地を提案し、チョン監督もそこを気に入ったのですが、床が欠損していたり演出に必要なエレベーターや壁が無いという難点が。

そこでスタッフ陣で床の修復やエレベーターの取り付け、動線の作成を行い、撮影に挑んだそうです。

その後の編集も含め、「非常に大変だったけれども楽しかった」と監督は笑顔で語りました。

また、同じくチャプター2におけるクライマックスのシーンにて、主人公を騙すために話題に出されたポメラニアンの子犬が本当に登場するという演出があります。

監督は子犬について、「周りのスタッフから必要無いのにと疑問に思われたが、私の映画では誰もが予想できないことが起きる。

映画を見たお客さん達が子犬の登場によってシリアスなシーンでもクスッと笑うのを見て、自分の判断は正しかったのだと思った」と振り返りました。

最後に、本作の見どころについて、チョン監督は「日本でも有名な俳優たちの演技とユン・サンの音楽、そしてビジュアルや編集がどのようにサスペンスを作りあげているのか、そしてその中にユーモアがあること」の2点だとコメントしました。

孤立によって若者の自殺や異常犯罪が増加する「ニューノーマル」な社会。

そこに生きる私たちは、本作の登場人物とそう遠くない位置に居るのではないでしょうか。

映画が社会を揺るがす力について、チョン監督は「まずは観客の反応がメディアを動かし、メディアが行政機関を動かし、社会が変わっていく」と説明しました。

観客であるあなたがスクリーンを通して自分自身に巣食う闇を覗いた時、鈍痛に慣れつつある社会は僅かに目を覚ますのかもしれません。

是非、この夏は劇場でホラーの常識を塗り替える「新しい」恐怖を味わってみてください。

Text by 楊文果