異例のモジタバ師選出 「戦時人事」に見るイランの権力構造

Vahid Salemi / AP Photo

 イスラエルとアメリカの空爆で死亡した、イランの最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイ師の後継者として、同師の息子であるモジタバ・ハメネイ師が選ばれた。本命ではまったくなかった人物とされており、戦時下での最高指導者の急死を受けた異例の選出と見られている。

◆長らく父親を補佐 後継者リストには含まれず
 モジタバ師は56歳。1969年に、故ハメネイ師の6人の子供のうちの2番目として生まれた。1980年代にイラン・イラク戦争で志願兵として戦闘に参加。この経験がアメリカと西側諸国への不信感を一層高めたという。30歳という遅い年齢で神学校に入学し宗教研究を行ったが、最高指導者の条件とされる「アヤトラ(神のしるし)」には達しておらず、中級の位階にとどまる(BBC

 モジタバ師は長年、父親の側近として活動していたが、アリ・ハメネイ師は生前、息子が後継者となることを望んでいなかったとされる。側近によれば、世襲による後継は、君主制を打倒した1979年のイスラム革命の理念に反するためだという。側近には後継候補として複数の名前が伝えられており、その中に息子の名前は含まれていなかった。もし父親が自然死していたなら、モジタバ師の最高指導者就任はなかった可能性が高いとされる(ニューヨーク・タイムズ紙、以下NYT)

◆父は資質に疑問 オイルマネーで投資も
 米CBSニュースによると、アリ・ハメネイ師は息子について、指導者としての資質に疑問を抱いていたとされる。米情報機関の分析でも、私生活上の問題があった可能性が指摘されている。

 ブルームバーグによれば、モジタバ師は海外に広がる不動産ネットワークに関与しているとされる。イギリスでは1億ポンドを超える高級不動産が確認されており、ドバイやフランクフルト、マヨルカ、トロント、パリなどにも資産が広がる。資金は主にイランの石油収入とみられ、イギリスやスイス、アラブ首長国連邦などの金融機関を経由し、ペーパーカンパニーを通じて運用されていたとされる。

◆強硬姿勢を重視 革命防衛隊が主導か
 関係者の証言をもとに、モジタバ師が最終的に選ばれた経緯を報じたNYTによれば、アリ・ハメネイ師が空爆で殺害されて以来、政治派閥や革命防衛隊の将軍たちはそれぞれの候補者を推し、自らの権力基盤を固めるため画策していた。強硬派は体制の継続と対外的な強硬姿勢の維持を望み、穏健派は新たな統治スタイルやアメリカとの敵対関係の見直しを主張していたという。

 しかし議論が進む中、危機を打開する現実的な指導者よりも、「殉教した」指導者の“再来”として強硬路線を継承する人物を求める声が強まったとされる。その結果、革命防衛隊の支持を受けたモジタバ師が、最高指導者を選ぶ専門家会議の投票で選出に必要な3分の2の得票を獲得。故ハメネイ師の意思に反するとの異論も出たが、再度の投票でも結果は覆らず、モジタバ師が選出された。

 もっとも、モジタバ師は選出後も公の場に姿を見せていない。BBCによると、国内でもその状況に疑問の声が上がっている。CBSニュースなどは空爆で負傷したとの見方を伝えており、死亡説も含めて情報は錯綜している。

 フォーブス誌に寄稿した湾岸地域の専門家、グーネイ・イルドゥズ氏は、この選出について革命防衛隊による主導的な権力移行だったと指摘する。戦時下で選ばれたモジタバ師は、独立した権威を持つというより、軍事組織に依存した指導者となる可能性が高いとみられている。また同氏は、父アリ・ハメネイ師が持っていたカリスマ性や派閥間のバランスを取る能力などを、モジタバ師は備えていないとも指摘する。

 こうした点を踏まえると、モジタバ師が最高指導者として父親のような強い権力を持つ可能性は低いとみられる。

Text by 山川 真智子