カースト、カシミール問題も 始まったインド総選挙、争点とキーポイント
インドのナレンドラ・モディ首相は、2014年、多額の支出を伴う経済改革を公約に掲げて政権を奪取した。だが、失業率は上昇する一方で、実施した政策はことごとく批判を浴び、モディ氏が率いるインド人民党(BJP)は、先週始まった総選挙においてはナショナリズムに訴えるアピールを前面に出す構えだ。
前回BJPが2期目の政権を目指して選挙活動を行った2004年には、同党は経済大国インドのイメージを大々的にアピールする広告宣伝費に巨額の資金を投じた。
ところが、実際にはそのアピールは有権者に受けず、選挙はBJPの敗北に終わった。選挙結果の分析によると、有権者はそういった宣伝よりはむしろ、自分たちのカーストの利害に沿って投票していたことがわかった。現在インドでは、カーストに基づく差別は憲法で禁止されているものの、古来より続くこの社会ヒエラルキーは、インド政治においては今なお健在である。
ヒンドゥー教徒は、13億のインド人口の約80%を占める。そこでBJPは、同党が持つヒンドゥー・ナショナリストとしてのルーツを強調し、インドの宿敵であるイスラム教国パキスタンの脅威を党首のモディ氏が自ら先頭に立ってアピールする戦術を取っている。
4月11日に開始された総選挙の投票は、合計7回に分け、6週間にわたって行われる。9億人近くの有権者をかかえるインドのこの選挙は、世界最大の民主選挙である。このうち1,590万人は、今回が初めての投票となる。設置される投票所数はおよそ100万ヶ所。有権者らは、この総選挙を通じて国会の下院議員543名を選出する。
以下では、選挙の主な争点と、選挙結果を左右するカギとなる問題を紹介する。
◆雇用問題
インドは世界で最も急速に経済成長を遂げつつある国の一つに数えられる。それにもかかわらず、モディ政権の経済政策はここまで大きな批判を浴びている。
2016年11月、ブラックマーケットから流入する資金の流れを食い止めることを目的として、一部の高額ルピー紙幣の流通を停止する廃貨政策が実施に移された。しかしこの政策は、最終的に貧しい人々に打撃を与える結果を招いた。インドの中央銀行によれば、違法な資金の大部分は、結局のところ後になって以前と同様に正規の銀行システムに流入したという。
シンクタンクの「インド経済モニタリングセンター」によると、廃貨政策の実施後1年で350万の雇用が失われた。同センターによると、2018年12月のインドの失業率は7.4%、過去2年間で最悪の水準に達した。
また、農家に対して公的補助を行う政策も実施されたが、それをもってしても、インドの農業セクターを安定させるには至っていない。
今回の総選挙における野党の選挙マニフェストの第一項目は、雇用創出計画に関する説明に割かれている。また同マニフェストでは、最貧困家庭と農家に対する所得助成プログラムが公約されている。
◆カシミール問題
モディ首相の経済政策の成果が厳しく問われるなか、インド北部のカシミール地方では、今年2月に自爆テロが発生し、インドの治安部隊の隊員40名が犠牲になった。この事件を受けて与党BJPは、インド人のナショナリズムに訴えるトーンをよりいっそう強化した。
アナリストらによると、テロ攻撃への報復としてパキスタン領内へのインド軍の空爆が行われたが、このことが選挙戦においてモディ氏への追い風となっているという。BJPの指導者たちは、いち早く国家安全保障を選挙キャンペーンの中心的な争点に位置づけた。
パキスタンと国境を接するインド北部では、1947年の国家分裂時の流血の惨事と、その後3度にわたる印パ戦争を経て、一貫して強固な反パキスタン感情が醸成されてきた。
しかし、インドの全土で反イスラム感情が一般的なものとして広がりを見せ、より暴力的な傾向を帯びるようになったのは、BJPが2014年に政権を握って以降のことである。人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」によると、ヒンドゥー教徒の間で神聖視されている牛を違法に移動させた、あるいは牛肉を食べたなどの容疑を理由に、これまでに少なくとも三十数名のイスラム教徒の市民が、ヒンドゥー教徒の自警団や暴徒らによってリンチを受ける被害にあっている。
◆カースト問題
BJPは、主として上位カーストのヒンドゥー教徒を支持層としている。その一方で、低位カーストの有権者やヒンドゥー教徒以外の人々にまで支持を広げることには苦戦している。
インドの歴代政権は、下位カーストを対象に、政府の職務と大学の雇用ポストに一定の雇用枠を設定し、下位カーストの人々に対する差別の是正を試みてきた。
そして現在に至っては、国費で運営される教育機関と政府の職務・雇用ポストのじつに半数近くが、下位カーストの人々に割り当てられている。
この現状をふまえ、モディ政権は昨年、翌年に控えた選挙戦を見据え、より高いカーストに属する低所得の国民を対象に10%の雇用枠を確保する法案を成立させた。
◆複雑な政治状況
モディ首相は、国会において野党の汚職疑惑を激しく追及する一方、政府開発プロジェクトを推進し、広大なインド全土で「電撃戦」を展開してきた。ライバルである最大野党のインド国民会議(INC)は、インドの初代首相ジャワハルラール・ネルー氏の政権以降、一部で「王朝」とも揶揄された長期政権を担ってきた政党である。
1947年にインドがイギリスからの独立を勝ち取った後、ネルー氏、その娘インディラ・ガンディー氏、そしてインディラ氏の息子ラジーヴ・ガンディー氏と3代にわたってネルー・ガンディー家の出身者が党首を務めるなど、INCは約半世紀にわたってインドの政権与党の座についてきた。ラジーヴ・ガンディー氏の息子のラーフル・ガンディー氏は現在、INCの党首を務める。モディ首相の強権を阻止するための野党連合の結成が成功した場合には、首相候補に名前が挙がってくる人物だ。
とはいえ、実際にそれを実現するのはそれほど容易ではない。昨年12月に、INCは3つの主要な州選挙で勝利を収め、2014年以来初めて、BJPに対して一連の敗北を突きつけた。またラーフル・ガンディー氏は、高い人気を誇る妹のプリヤンカ・ガンディー・ヴァトラ氏の支持を取り付けることにも成功した。それにもかかわらず、その後もなお、ラーフル氏は目下の選挙戦で苦戦中のINC内で広範な支持を固めるには至っていない。
有権者数の多いウッタル・プラデーシュ州、西ベンガル州、デリー州の3州において野党INCが与党候補を上回るためには、ガンディー氏らとしては、他の野党と統一戦線を組んで戦う必要があるだろう。仮にその試みが失敗し、野党票が割れてしまう場合には、与党BJPにとって有利な状況となる。
◆選挙後の見返り
インドの政治においては、選挙後に有権者が得る「見返り」は非常に重要な要素だ。
国内人口の22%にあたる約2億7000万人が貧困下で暮らすこの国では、有権者に与えられるこの選挙後の「見返り」が、きわめて魅力的なものと見なされている。
過去の選挙では、農民に対して牛やヤギが与えられた例がある。
今年1月の中間予算編成において、モディ政権は、小規模農家に対して年間6,000ルピー(約9,664円)を支払う方針を発表、結果として1億2,000万世帯が政策の恩恵を受けるとした。
一方のINCは、昨年12月の州選挙で勝利した3つの州において、農民の銀行ローンの支払いの免除を認める方針を打ち出した。この施策は総選挙マニフェストにも盛り込まれており、それ以外の州においても農家が抱える未払いローンの支払いを免除し、農家がローン返済を行わない場合でも罪に問わないという内容になっている。
◆シンボルロゴ
はしご、手押しポンプ、自転車、弓矢、バンガロー、本、マンゴーとバナナ……これらは、今回の総選挙において有権者の電子投票用紙に描かれる、数十にも上る政党や、選挙戦を戦うその他の独立候補のシンボルロゴのうち、ほんの一部を紹介したものだ。
1951年に行われた第1回目の総選挙の時点では、読み書きができる人々の数はインド人口全体の約5分の1を占めるに過ぎなかった。そこで当時、読み書きができない有権者が投票する際の一助として、各党や候補者のシンボルロゴを投票用紙に表示することが決まった。
現在では、インドにおいて文字を読むことのできる人口は全体の4分の3近くにまで増えた。しかし今でもなお、それらのロゴは、人々の感情を扇動する政治的シンボルとして使われ続けている。
最も広く知られたものとしては、与党BJPのシンボル「ハスの花」、そして野党INCのシンボルである「広げられた手のひら」などがある。
デリー州において優勢なアーム・アードミ党(ヒンディー語で「一般人の党」の意味)は、政治システムから汚職を一掃するという同党の訴えを反映し、選挙のシンボルロゴに「ほうき」を選択した。
By ASHOK SHARMA Associated Press
Translated by Conyac