心理学的属性:ケンブリッジ・アナリティカが投票者の心理を知るために用いた行動分析手法
著:Michael Wade(国際経営開発研究所, Professor of Innovation and Strategy)
ケンブリッジ・アナリティカとフェイスブックの間で明らかになった取引には、ハリウッドのサスペンス映画に出てくるような登場人物がそろい踏みしている。『007』の悪役さながらのCEO、引退した億万長者、ナイーブにも葛藤する内部告発者、政治屋に転身した新しもの好きのデータサイエンティスト、倫理観に問題のある研究者、そしてもちろん得意満面の大統領と、影響力のある彼の家族。
ケンブリッジ・アナリティカがどのように5,000万人以上のフェイスブック利用者のデータを取得することができたのか、そしてなぜ、伝えられるところによると、データを削除するよう命じられたにも関わらず削除できなかったのか。これらの疑問についてたくさんの議論がなされてきた。また、ケンブリッジ・アナリティカがデータを使って行ったことに関する問題もある。実際、データ分析を生業とするこの会社の所業は、アナリティクスが洞察を生み出し、ひいては影響力を及ぼすための手段として利用されうる時代へ変化したことを表している。
例えば、世論調査員は長い間セグメンテーションと呼ばれる手法を使って特定の有権者のグループにアプローチしてきた。セグメンテーションは、性別、年齢、収入、教育、家族構成などによって有権者をカテゴライズする方法だ。支持政党や購買行動によってもセグメンテーションが行われる。大統領候補であったヒラリー・クリントンが2016年の選挙戦で使用したデータ分析アルゴリズムのAda(19世紀の数学者・初期のコンピュータ開発における先駆者の名前から名付けられた)には、バラク・オバマが4年前に使用したものと同じ、有権者を的確に標的とするための最先端のセグメンテーション技術が用いられている。
ケンブリッジ・アナリティカはトランプ陣営と契約を結び、その選挙体制に全く新しい武器をもたらした。有権者を分類するために人口統計学によるセグメンテーション手法を用いた一方、ケンブリッジ・アナリティカは心理学的属性を用いたセグメンテーションも行った。階級、教育、雇用、年齢等、人口統計学による分析は有権者の情報に基づいて行われる。心理学的属性による分析は振る舞いに基づくものだ。人々の性格によってセグメンテーションを行う手段である。
これは理にかなったことだ。同じ人口統計学なプロフィール(例えば白人で、中年層で、雇用されている既婚男性)を持つ2人の人物が、際立って異なる性格や意見を持っていてもおかしくない。受け手の性格、例えば外交的か内向的か、議論好きかなどによってメッセージの文面を変更することもまた、メッセージを届けやすくするために有効であることがわかった。
◆人々をより深く理解すること
人々の性格を知るためには、古くから2通りの方法があった。一つは長い時間をかけてその人を実際に深く知ることだ。もう一つは、性格テストを受けてもらい、結果を教えてもらうことである。どちらの方法も、世論調査員にとっては現実的な方法ではない。ケンブリッジ・アナリティカは2名のケンブリッジ大学の研究者の協力を受けて、第三の方法を発見した。
1人目の協力者はアレクサンダー・コーガンという人物だ。彼は研究目的で、自身が作成したオンラインアプリを通じてフェイスブック利用者に性格テストを受けてもらい、270,000件以上の結果へのアクセス権を同社に販売した。ケンブリッジ・アナリティカにデータを提供したことはフェイスブックの内部規約に違反するとみられる。しかしコーガンは2018年3月になって初めて、フェイスブック社によってプラットフォームへのアクセスを禁止された。加えて、コーガンのデータには予期せぬおまけがついていたとみられる。彼は性格テストを受けた人の友達のフェイスブックデータも収集していたと報告されている。1人につき平均200人の友達がいたため、提供されたデータは全体で5,000万人分にものぼった。
これらの5,000万人の人々が全員性格テストを受けていたわけではない。ここで2人目のケンブリッジ大学の研究者マイケル・コシンスキーが登場する。コシンスキーは、オンライン上のデータを用いてごく狭い範囲でターゲティングを行うことで、民主主義が強化されると信じていたと言われている。彼は「いいね!」のようなフェイスブック上の行動から、性格的なプロフィールを逆にたどる方法を見つけた。夕焼けの写真、あるいは子犬や人物の写真に「いいね!」をするかどうかは、その人の性格について多くのことを伝えてくれる。実際、300件の「いいね!」を基準にしてコシンスキーの分析モデルを使用することで、配偶者と同じくらい正確にその人の性格を予測することができる。
コーガンはコシンスキーのアイディアを発展させ、改良を施し、ケンブリッジ・アナリティカと契約を結んだ。この契約金を引っさげ、どこかから拾ってきた追加のデータと結びつけることで、ケンブリッジ・アナリティカは登録済みの米国の有権者1億人分の性格に関するプロフィールを獲得した。その後、同社はそれらのプロフィールをターゲティング広告に使用したとされている。
例えば、神経質で念入りな性質を持つ有権者のセグメントや、外向的だがあまり率直ではない有権者のセグメントを簡単に特定できたとしよう。それらのセグメントに属する人々は、同じ政治広告に対して明らかに違った反応を見せるだろう。しかしフェイスブック上では、彼らは同じ広告を目にすることは全くない。それぞれが、ある候補者に投票したり、投票しなかったり、募金を行ったりといった望ましい反応を引き出すように個人個人に対して誂えられた広告を目にするのだ。
ケンブリッジ・アナリティカは移民政策・経済・銃規制など様々な政策上の議題について異なった種類の広告を数多く作成することに注力した。クリントン陣営に同じだけの能力があったとする証拠は全くない。
ケンブリッジ・アナリティカがいかなる処分を受けようが、行動分析と心理学的属性によるプロファイリング技術は残り続ける。同社は「メディアによる虚偽の主張」だとしてこれを強く非難した。ある意味では、同社は優秀な営業マンがつねに行っているように、顧客の性格によって伝えるメッセージや方法を調節することを産業化しただけにすぎない。選挙運動や、もちろんマーケティングにおけるこうしたアプローチこそが、ケンブリッジ・アナリティカの残した最大の遺産だろう。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by Y.Ishida