ロシア大統領選、出馬表明の女性はプーチンの回し者か 疑惑が上がる理由とは
来年3月のロシア大統領選に、「ロシアのパリス・ヒルトン」の異名を持つ女性テレビ司会者が出馬表明した。そのクセーニア・サプチャク氏(35)は、プーチン大統領の恩師で元サンクトペテルブルク市長の故アナトリー・サプチャク氏の娘。本人はプーチン政権の全てに反対するリベラル派の対立候補だと自称しているが、その出自から、実態はリベラル派分断ためのクレムリンの刺客だという見方が強い。プーチン氏の再選が確実視される中での“グラマラス”な大統領候補の出現の意味を、主要海外メディアが分析している。
◆プーチン氏の恩師を父に持つセレブ
プーチン現大統領は1999年に首相に就任して以来、大統領を務める今日までロシアのトップに君臨してきた。本人はまだ正式に出馬表明していないが、次期大統領選の再選も確実視されている。と言うのも、リベラル派の有力対抗馬である弁護士・政治活動家のアレクセイ・ナワリヌイ氏(進歩党党首)が非合法デモを組織した罪などにより、当局より次期大統領選への出馬を禁じられているからだ。他の有力候補とされるゲンナジー・シュガーノフ氏(共産党党首)、ウラジミール・ジリノフスキー氏(自由民主党党首)は、事実上プーチン氏の政策を支持していると言われ、真の対抗馬とは見られていない。
こうした“出来レース”の色合いが強い情勢の中、サプチャク氏の出馬はロシア大統領選を盛り上げる数少ない話題となっている。「ロシアのパリス・ヒルトン」の異名を持つ彼女の人物像を、ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)は次のように表現する。「520万人のフォロワーがいるインスタグラムを中心に、長年ソーシャルメディアを通じて自身のセレブなライフスタイルを見せてきた。彼女のアカウントは、パリのファッションショー、ヨガセラピー、ヨット、高級レストランのオンパレードだ」。本業はテレビ司会者・リベラル派のジャーナリストで、ロシアでの知名度は抜群に高い。
また、彼女のプロフィールには父親の存在がつきまとう。父・アナトリー・サプチャク氏は元サンクトペテルブルク市長で、ソビエト連邦崩壊後の混乱期にプーチン氏を副市長に抜擢し、政治の世界に招き入れた恩師とされる人物だ。プーチン氏の方も、1996年のサプチャク氏の最後の選挙の参謀を務めた。それだけに、娘のクセーニア氏も「反プーチン体制」を叫びながら裏でクレムリンとつながっているのではないかという見方が強い。
◆本人は「反体制」を強調
ワシントン・ポスト紙は「サプチャクの立候補が伝えられると、ロシア・ウォッチャーたちからどよめきが上がった。その多くは、彼女は明らかにクレムリンの刺客だと指摘した」と書く。前回2012年の大統領選では、政治経験のない億万長者のミハイル・プロホロフ氏が立候補を表明し、世間を驚かせたが、これもリベラル票分断と民主的な選挙であるという体裁を整えるためのプーチンサイドの刺客だと見られた。多くのロシアメディアと欧米メディアは、サプチャク氏の立ち位置をこのプロホロフ氏になぞらえている。
現地紙は9月の段階で既に、大統領府が秘密裏にサプチャク氏に立候補を要請したと報じている。これに対し、サプチャク氏はブログで「それは嘘だ」と反論。「私は直接的にも間接的にも大統領府から接触を受けていない。私には彼らの“お願い”は必要ない。自分が何をすべきか、自分で決められるから」と、あくまで自身は「反プーチン」の候補者として自らの意志で出馬を決めたことを強調している(英ガーディアン紙)。
サプチャク氏は反体制派のケーブル&インターネットTV局『TV-Rain』のインタビューで、「プーチン政権の17年間、若い世代は文明化されたヨーロッパ的なロシアを見たいと思いながら育った」と述べた。出馬表明したYouTubeのビデオ映像では、現状に不満を抱いている有権者の代弁者となる「全てに反対する」候補者として出馬すると宣言している。
◆彼女を支持する声もあるが……
それでもやはり、彼女の発言を額面通りに捉える向きは少ないようだ。一部では、出馬は国営テレビでの仕事を得るためではないかという憶測もある。というのも、サプチャク氏は2012年に反体制派デモに参加したとして、非公式にではあるが、事実上国営テレビから出入り禁止状態にある。それ以降は『TV-Rain』のような小規模なテレビ局での出演にとどまっており、その呪縛から逃れるためにクレムリンサイドの裏取引に乗ったのではないかとも囁かれている。
こうした噂を否定するように、プーチン大統領のスポークスマンは、「彼女は才能にあふれた女性だが、これから多くを学ぶ必要がある。政治はジャーナリズムやショービジネスとは違う」と突き放したコメントをしている。また、サプチャク氏は、出馬を禁じられているナワリヌイ氏に向けて「釈放後には自分を支持してほしい」「もし、ナワリヌイ氏の出馬が許可されれば自分は出馬を取りやめる用意がある」などとラブコールを送っているという。しかし、ナワリヌイ氏の方は「フラストレーションと怒りを感じる」とサプチャク氏の出馬に嫌悪感を示しており、同氏の選挙責任者も「これが悪い冗談なら良かった」と突き放している(NYT)。
一方で、サプチャク氏を支持する識者の声もある。モスクワのシンクタンクのアナリスト、ウラジスラフ・イノゼンツェフ氏は、これからのロシアのリーダーは「モダンでオープンマインドな人物でなければならない」とし、「その意味で、クセーニアはぴったりな候補者だ」とNYTに語っている。ただ、正式に出馬するには連邦議会の推薦か最低40の地域から30万人分の署名を集めなければならず、サプチャク氏にとっては高いハードルだと見られている。また、最近のロシア国内の世論調査では、53%が女性大統領には反対で32%が大統領にふさわしい女性は今のロシアにはいないと答えたという。