メルケル首相の順当な勝利の裏で起きたこと、待ち構える難題 ドイツ総選挙
ドイツの総選挙が24日投開票され、アンゲラ・メルケル首相が4期目の政権の座を確実にした。しかし、メルケル氏のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)は戦後最低の得票率にとどまり、連立を組んでいた最大野党の社会民主党(SPD)も歴史的惨敗を喫した。代わって躍進したのが極右政党の「ドイツのための選択肢」(AfD)だ。連邦議会に初めて議席を獲得し、一気に第3党に躍り出た。EUの盟主であり、ナチス時代の反省から極右主義とは一線を画してきたドイツのこの選挙結果を受け、欧米メディアの多くが欧州政治全体に地盤変化が起きていると論じている。
◆メルケル勝利の影に「極右政党の台頭」と「社会民主主義の衰退」
CDU/CSUは、メルケル政権下では、中道左派のSPD(2005~2009、2013~)及び中道右派の自由民主党(FDP、2009~2013)の最大野党と連立を組む「大連立」で与党を構成してきた。今回の選挙では、CDU/CSUが得票率33%、SPDが20.5%を獲得し、第1党、第2党の地位を獲得したが、いずれも戦後最低の得票率にとどまった。これを受け、SPDは連立からの離脱を表明する事態となった。
一方、前回選挙で議席を失ったFDPは10.7%の票を獲得し、連邦議会にカムバックを果たした。しかし、AfDの12.6%の後塵を拝し、第4の勢力にとどまっている。FDPの後には、極左政党の「左翼党」(9.2%)、環境政党の「緑の党」(8.9%)が続く。2013年のギリシャ危機を受けて結党され、EU離脱を最大目標に「反移民」などを掲げるAfDは、これまで州議会での議席はあったものの、連邦議会では初の議席獲得。その“3位デビュー”は大躍進と言える。
メルケルCDU/CSUの順当な勝利の背後で、極右政党の台頭と社会民主主義勢力の衰退という他の欧州諸国のトレンドが、例外と見なされていたドイツにも波及した形だ。これは、多くの欧米メディアやアナリストの予想に反するものだったと言える。例えば、ワシントン・ポスト(WP)は、「今、ドイツの経済は好調で失業率が低く、そのパワーと地位は過去に類を見ないほど高い。それにもかかわらず、このような選挙結果になった。市民は不満を抱いており、多くのアナリストが考えていたよりもポピュリズムが大きな影響力を持っていたということだ」と分析する。
◆連立パートナー選びは難航必至
メルケル氏が頭を悩ますのは、連立パートナー選びだ。離脱を表明したSPDの説得に動く選択肢もなくはないが、有力視されているのは、戦後長年連立を組んできた“伝統的なパートナー”であるFDPと、最小勢力の緑の党との3党連立だ。ただ、それも決め手に欠けるため、連立相手が決まるまでには相当時間がかかると見られている。
中道派のCDU/CSU内ではリベラル派のメルケル氏の政策と、近年は右傾化していると言われるFDPとは政策的な対立点が多い。CNN(web版)に寄稿したベルリン在住のジャーナリスト、ポール・ホケノス氏は「今のFDPはメルケルの穏健なCDUに対して、遠く右に位置している」と書く。特に、「ドイツ・ファースト」を掲げるFDPとは、メルケル氏がフランスのマクロン大統領と共に目指すEU改革で政策が対立すると見られる。
一方の緑の党は、以前は過激な環境保護政策を掲げていて現実路線のメルケル政権とは一線を画していたが、近年は穏健路線に転換し、州議会ではCDU/CSUと緑の党の連立が実現している。ホケノス氏は、「緑の党は、困難な状況にあるドイツの地球温暖化目標を達成するために、ほぼ確実に環境相のポストを要求してくるだろう」と予測。それを受け入れればCDU/CSUと緑の党は協調できると同氏は見るが、緑の党単独の連立では過半数に届かない。AfDとは、CDU/CSUのみならず連邦議会に議席を得た全ての党が協力を否定している。
◆極右政党の潜在的な支持率は40%?
BBCのジェニー・ヒル・ベルリン特派員は、AfDの躍進を受け、「正式な入国資格のない90万人近くの移民を受け入れたメルケル氏は、その罰を受けた形だ」と指摘した。選挙期間中の世論調査では、ドイツの有権者の約40%が、移民反対を掲げ、ナチス時代の反省を見直す姿勢を示すAfDの主張に賛成の意志を示したという。今回CDU/CSUに投票した有権者の中にもこの層が含まれるが、WPはそれをメルケル氏の現実路線を消極的に受け入れた結果だと分析。それだけに、メルケル首相の支持率が下がったり、辞任したりした場合には、AfDがさらに支持を伸ばす可能性があると同紙は見る。
一方で、選挙結果を受けて旧東ベルリン中心部のアレキサンダー広場で「ナチは出て行け!」などと叫ぶ反AfDのデモが発生。選挙事務所を出入りするAfD支持者を警官隊が守る事態となった。一方で、選挙期間中のメルケル氏の演説に対するAfD支持者の野次はどこでも非常に声が大きかったという。AfD支持者らはメルケル氏に対し、「裏切り者は出て行け!」などと叫んだという(ガーディアン)。
WPは、SPDの衰退にも着目する。日本でも社民党の衰退が著しいように、ヨーロッパでも社会民主主義は急速に支持を失っている。「歴史的に、SPDは他国の社会民主党と同様、労働者や貧困層の代弁者の役割を果たしてきた。その役割が失われるにしたがい、それらの層は左右両極の政党に流れていった」とWPは書く。欧州政治のバランスを維持してきた「中道左派」の事実上の消滅により、欧州の政情不安が増すのではないかと同紙は懸念する。
EUの盟主であるドイツ連邦議会に6つの政党が群雄割拠する状態は戦後初。欧州政治はまさにターニングポイントを迎えたと言えよう。