「日中関係は改善に向かう」と見る米外交誌 安倍首相の「方向転換」を分析
安倍晋三首相と中国の習近平国家主席が今月8 日、ドイツ・ハンブルグで開かれたG20サミットの場で8ヶ月ぶりの首脳会談を行った。両国関係の改善に向け、対話を強化していく方針で一致したとのことだが、これを受け、複数の海外メディアが、日中関係が雪解けに向かっていると報じている。この数ヶ月でその兆候はいくつも見られたとし、両国が「名を捨てて実を取る」現実路線に転換したと見る論調が主流だ。
◆雪解けのサインとなった「二階親書」
米外交誌フォーリン・アフェアーズは、日中関係改善の兆しの背景に、「北東アジアの地政学的状況の変化」があると書く。「中国の急速な軍拡と東シナ海・南シナ海での領土的主張の積極展開」「地域へのアメリカの影響力の低下」「北朝鮮の核・ミサイル開発」という情勢が絡み合う中、「中国と日本は慎重に関係を見直すことを迫られた」と分析。「北京と東京は、長年の確執によるデメリットが重荷になりつつあり、地域の安全にも不必要な不安をもたらしていると考えているようだ」としている。
同誌などが揃って「雪解け」のきっかけの一つとして挙げるのは、5月に北京で開かれた「一帯一路国際協力サミットフォーラムに、安倍首相の盟友でもある二階俊博自民党幹事長が派遣された際の一件だ。二階氏は、日本がこれまで懐疑的な態度を示していた中国の「一帯一路」構想(中国が掲げる新経済圏構想)への協力を話し合うサミットに参加したうえ、習近平国家主席に友好的な内容の「手紙(親書)」を手渡した。日本側はそれを通じて、両国首脳の相互訪問を実現したいと提案したほか、北朝鮮の非核化に向けた協力体制の強化を約束し、一帯一路構想に協力する意志があることも伝えたと報じられている。
フォーリン・アフェアーズは、こうしたハイレベルの外交努力だけでなく、東シナ海での「法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序」を求める実務者レベルの協議が6月に約半年ぶりに再開したことも、「ゆるやかな雪解け」を象徴する出来事に挙げる。とはいえ、同じ米外交誌のナショナル・インタレストは、「尖閣問題はいまだ解決に向かっておらず、引き続き関係改善の大きな障壁となるだろう」と、尖閣問題そのものの改善には懐疑的だ。
◆中国主導の新秩序に日本も参加の意向?
「一帯一路」は、習近平主席が掲げる中国を中心とした新世界秩序構築を目指す構想だ。中国西部からシルクロードを経由してヨーロッパにつながる「シルクロード経済ベルト」を「一帯」、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島、アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海上シルクロード」を「一路」と呼び、この2つのルートで貿易、資金の往来、インフラ整備などを促進し、一大経済圏にするという。
中国の尖閣諸島への領土的野心や南シナ海・インド洋への海洋進出の動きも、上記の「一路」の確保に向けた動きだと言えよう。日本は、アメリカなどと共にこの構想に対して懸念を示してきたが、二階氏を「一帯一路国際協力サミットフォーラム」に派遣した後、安倍首相自らが6月5日に都内で開かれた国際交流会議でのスピーチで、ついに次のように表明した。「(一帯一路構想が)国際社会の共通の考え方を十分に取り入れることで、環太平洋の自由で公正な経済圏に良質な形で融合し、地域と世界の平和と繁栄に貢献していくことを期待する。日本は、こうした観点からの協力をしたい」。ナショナル・インタレストは、安倍首相が一帯一路を「画期的な」構想だと賞賛した点にも注目。「透明性と公平性の担保」という条件つきながら、大筋では協力を表明したと見ている。
フォーリン・アフェアーズは、こうした「安倍氏の心変わり」の背景には、トランプ大統領の就任もあると見ている。安倍首相とトランプ大統領の個人的な関係や安全保障上の日米の同盟関係は良好に保たれてきたものの、「トランプ大統領の同盟国に対する気まぐれさと経済的保護主義の傾向」は、日本にとっても大きな懸念材料となっていると見る。その「最も衝撃的な実例」は、米国のTPP脱退で、「日本は今、アメリカを含まない代わりの貿易グループを模索している」としている。同誌がその有力候補に挙げるのが、中国、インド、ASEAN諸国などが構築を目指す「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」だ。ナショナル・インタレストは、一方の中国側は「一帯一路とそれを経済的に支えるAIIBに加え、北京はアメリカを外して日本を引き入れる形でRCEPを完成させようとしている」と分析する。中国としては、アメリカ抜きの新秩序構築に、日本を引き入れたいという意志があるようだ。
◆習近平氏の訪日は?
とはいえ、日本は東アジア最大のアメリカの同盟国であり、安倍政権が日米同盟を弱めることは今後もないだろう。つまり、軍事的対立においては、中国に妥協することは考えにくいということだ。フォーリン・アフェアーズは、今の安倍首相の戦略を「中国との経済的・政治的結びつきを向上させつつ、東シナ海・南シナ海での中国の攻撃的な行動にはきっぱりと対抗するという現実的なアプローチを取ることにしたようだ」と分析する。
硬軟を使い分けたしたたかな外交が求められるということになるが、今の雪解けムードを決定づけるのは、習主席の訪日だというのが、各メディアの一致した見方だ。安倍首相は、ハンブルグで、習主席に北朝鮮問題を話し合う日中韓3ヶ国会談の早期実施を提案するとともに、来年の訪日を打診したと伝えられている。
来年=2018年という時期がまことしやかに語られているのは、日中平和友好条約締結40周年に当たるからだ。20周年の1998年には江沢民氏、30周年の2008年には胡錦濤氏と、当時の中国の最高指導者が来日し、首脳会談を行っている。ナショナル・インタレストは、その後いずれも日中関係が良好な方向に向かった」とし、2018年の習主席来日にかかる期待は大きいと見る。ただし、歴史認識問題などから、「中国共産党の中には日本と協力関係を築く傾向を快く思わない層がいる。そうした人々に非難されないよう、習氏と李克強首相は訪日に慎重にならざるをえない」という識者の意見もある(ブルームバーグ)。果たして習近平氏の来日は実現するのか。日中関係を測る次の試金石となりそうだ。