中国の新たな汚職摘発機関、法の支配に関し厄介な問題を投げかける
著:Zhiqiong June Wang(西シドニー大学 Associate Dean/Senior Lecturer)
中国では、汚職による損失が年間860億ドルにのぼるといわれている。中国社会のあらゆる階層に広がった汚職によって経済格差も拡大しており、それが潜在的な社会不安を煽っている。
汚職撲滅に対する取り組みの重要性は誰もが認めているものの、習近平総書記(国家主席)主導による反汚職の取り組みは物議を醸している。
現状、同様の権限を持つ複数の国、行政機関、共産党の各当局が汚職問題を担っている。このうち最も強力な権限を持つのが中国共産党の中央規律検査委員会(jiwei)。この委員会が行使し、最も恐れられている手段が「双規(shuanggui)」だ。共産党員には、尋問と捜査を行える特別な場所が与えられている。
実際、双規により秘密裏に、時には曖昧な形で身柄を拘束されてしまうことがある。自白を引き出すために、拷問その他の不法行為が横行しているともいわれる。
双規の行使は、一般大衆から一部支持されているところもあるが、中国の法律に定められている多くの「デュー・プロセス(適正手続)」の原則に違反している。その手続きとは、無罪の推定、弁護士へのアクセス、証拠判断、公開審問、そして何よりも重要なのが、適正手続なしに個人の自由を奪われないことだ。
また、共産党関係機関による警察権と準司法権の行使に関する適法性についても疑問の声が上がっている。しかし、反腐敗のために共産党が新たな取り締まり機関を設立しようとする最近の動きは、さらに議論を呼びそうだ。これは、法の支配、権力の抑制と均衡の観点からみて、広範囲に及ぶ重大な問題である。
新たな機関の設置に関する提案は、中国以外の国ではほとんど報道されていない。反汚職運動、潜在的なニーズがある憲法改正の面で中国が戦略的な役割を期待されていることからすると、この状態は残念なことだ。
◆新たな国家権力の構造
共産党は2016年11月、北京市、山西省、浙江省の3地区において国の監察制度を改革するための実験プログラムを発表した。
この取り組みは、既存の反汚職当局を統合して、いわゆる監察委員会を設置する内容となっている。「あらゆる適用範囲」を備えた追加的な権力を手にする新設機関は、公権力を行使する党・政府関係者による、疑わしい不正行為や犯罪を捜査する権限を持つことになるだろう。
この委員会は、尋問から資産凍結、身柄拘束まで、様々な警察権や準司法権が付与される。全国人民代表大会(全人代)常務委員会は2016年12月、この制度を実施する決定を下した。
新たに設置される当局による権限行使は、既存の反汚職当局の権限と重複するため、公的な機関や手続きを規定する既存法令に違反する事態が起こる可能性がある。全人代常務委員会の決定により上記3つの実験地区では、行政監察法、刑事訴訟法の一部条項、人民検察基本法、検察法、地方人民会議および地方人民政府に関する基本法の運用が停止された。
新たな国家監察法では、試験的な制度運用を全国に拡大するよう求めている。全人代常務委員会では2017年6月に審議を開始し、2018年3月に採択される予定だ。
◆尊敬される守護者、それとも恐ろしい野獣?
全人代は、設置が提案されている監察委員会を、行政や司法と同列の国家権力として創設することになる。この委員会は政府の新たな一部門であり、この設立自体、政治および憲法面での大改革となるだろう。しかし、共産党がこの際に憲法改正を実施するかどうかは定かでない。
一般向けに詳細は明らかにされていないが、共産党による実験運動は、国内の公式報道で広く報じられている。これまでに判明していることとしては、監察委員会の人員は、「名称が異なる1つの組織」の制度下で、共産党の規律検査委員会と兼務になることだ。
国家監察委員会の委員長は全人代による承認を受けるものの、その指名を行うのは共産党中央委員会。つまり、双規を行う党の部局である規律検査委員会が、まもなく別の名称を与えられるということだ。
この制度により、共産党の活動は監察委員会の活動となることで合法化される。監察委員会による権限行使については、共産党、全人代常務委員会ともにコメントしていない。
また、法による監視を受けることなく共産党規律検査委員会が双規で多用している秘密裏の身柄拘束が廃止されるかどうかも明らかでない。
反汚職の権限を持つ複数の関係当局を立法措置で1つの国家機関に統合することにより、共産党による警察権と準司法権の行使の可否に関する長年の論争に表面上は決着がつくかもしれない。法律により規定された監察委員会という国家当局は、腐敗を取り締まる手段を立法化してこれを浸透させるだけでなく、手続きを簡素化し、効率性と透明性を向上させるだろう。
しかし、権限の境界線を明確にすることなく「名称が異なる1つの組織」の制度下で国と共産党の機関を統合させると、この新設機関が法律に従い行動するのか、またどのような形で行動するかは不透明になるだろう。
新たな機関は重要度の高い国家組織になるため、全人代常務委員会が共産党の実験運動を推進し、全人代の承認なしに法律の執行を停止するのは憲法違反であると、すでに多くの学者が主張している。
この機関の権限が明確に定義付けされず、また制限されないのであれば、適正手続が保護されることはないだろう。前例のない権限を手にする機関の存在は、法の支配を損ない、恐怖を生み出すだろう。秩序はもたらされまい。
◆中国の憲法モデル?
この新しい反腐敗のメカニズムは、「中国モデル」の一部を形成することになる。これは、共産党の厳格な統制の下に支配機能を強化するもので、習国家主席が実現を目指しているモデルだ。
しかし、監察委員会の設立は明らかに、抜本的な憲法改正を必要とする。行政、司法と同列の政府機関を新たに設けようとしているからだ。
今回の制度変更に関しては不明な点が多すぎる一方で、憲法に則った新たな当局が、共産党と国の機関が統合されて設立されることは確認できた。このような組織はまさに、鄧小平が文化大革命末期に排除しようとしたものだ。
現在、中国共産党は「法の中にあり、法の下にあり、かつ、法を超えたところにある存在」だと揶揄される。しかし、党と国の権力をまたもや一つにすることで、新たな改革は、法の支配の観点から厄介な問題を引き起こしている。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by Conyac
photo Frederic Legrand – COMEO/shutterstock.com