韓国「北朝鮮はわたしの領土。自衛隊が入るなら許可を取って」 日本の回答は?

 中谷元防衛相は20日、日本の防衛相としては4年9ヶ月ぶりに韓国を訪れ、韓国国防部の韓民求(ハン・ミング)長官(国防相に相当)と会談した。アメリカは、東アジアの安全保障の観点から、同盟国である日本と韓国の関係改善を求めている。また11月1日には、韓国で日中韓首脳会談が開かれるのに合わせて、現政権下では初の日韓首脳会談が実現する見通しだ。この防衛相会談は、それに先立って、日韓の防衛協力体制の下整備をするものだったのだろう。そのため、韓国国内で根強い安保関連法への懸念を緩和することも目標の1つだったと思われる。それは、一部には成功したようだが、韓国国内で政治問題化しそうな新たな火種をまくことにもなったようだ。

◆日韓の防衛交流の再開。日韓の関係改善ムードがここにも
 会談で、中谷防衛相と韓長官は、日本と韓国が地域および世界において、多くの戦略的利益を共有していることを確認した。両国間の安全保障上の問題では、日韓および日米韓の協力が重要だとの認識を共有した。今後は、さまざまな分野で防衛交流を強化するとともに、国連PKO、海賊対処活動、人道支援、災害救難活動などの分野で協力を推進することで一致した。

 両者は会談のこれらの成果を、共同報道文として発表した。日韓の防衛相会談で共同報道文が発表されるのは、今回が初めてとのこと。

 反対に今回、成果が見られなかったのは、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)、物品役務相互提供協定(ACSA)といった防衛協定の締結に向けた動きである。日本側は早期締結を求めたが、韓国側は、現時点では国会と国民の支持がなく、時期尚早である旨を語り、実現には今後、両国の信頼を積み重ねる必要があると指摘した。中国国営新華社通信はこの点について、韓国政府は両国間で存続中の歴史問題、領有権問題のせいで国民と国会の支持が十分でないとして日本側の提案を拒否した、と踏み込んだ説明をしている。

◆安保法に関して、韓国が最も懸念していることとは
 もっとも、韓国を含む各国メディアの注目を集めたのは、これらの点ではなく、安保関連法に関する韓国の懸念事項についてだった。

 韓国では、安保法に対する不安感が強くある。集団的自衛権の行使容認に伴い、自衛隊が海外で軍事行動を行う可能性が出てきたため、朝鮮半島有事があった場合には、自衛隊が韓国、北朝鮮に入り込むのではないか、という点を最も心配しているようだ。

 聯合ニュース(英語記事)は、集団的自衛権の行使容認という日本の決定により、韓国で次のような懸念がかき立てられているとする。すなわち、かつて朝鮮半島を植民地支配していた日本が、集団的自衛権を乱用し、韓国と北朝鮮の間で偶発事態が起きた際には、韓国政府の同意なしに朝鮮半島に上陸するのではないか、というものだ。

 ここには2つのポイントがある。1つは、韓国では、自衛隊が自国に入ることはタブー視されているということだ。もちろん歴史に理由がある。ロイターは、第2次世界大戦の名残が今でも日中関係、日韓関係を悩ませている、中国、韓国は、日本が1945年に降伏するまで時として残酷だった占領と植民地支配に苦しめられた、と報じている。

 韓国の黄教安(ファン・ギョアン)首相は14日、韓国国会での答弁で、朝鮮半島有事の際、在韓邦人救出のため、日本から自衛隊を派遣したいとの要請がある場合、「日本と協議し、必要性を認めれば入国を認める」と述べた。黄首相はこの発言により、野党や韓国メディアから激しく批判を浴びた。朝鮮日報(16日)によると、発言は「妄言」「亡国的発言」であると野党は非難した。韓国紙ハンギョレは社説で「自虐的発言」だと語っている。おそらく国民からの反発も激しいものだっただろう。

 もう1点は、韓国にとっては北朝鮮も自国領土だということだ。防衛相会談でも、韓長官が「韓国憲法上、北朝鮮地域も韓国領土だ」と述べている(時事通信)。韓国は以前から、有事の際、北朝鮮に自衛隊が派遣される場合にも、韓国政府の事前の同意が必要だと主張している。ここのところは、韓国にとっては非常に重みのある、譲れない問題のようだ。

◆北朝鮮も韓国領土との韓国の立場
 防衛相会談では、もちろんこの点が議題に上った。中谷防衛相は「他国の領域で自衛隊が活動する場合には、国際法に基づき、当該国家の同意を得る」ことを確認し、それを共同報道文に表した。朝鮮日報(英語記事)は、日本が、韓国に自衛隊を派遣する際には、韓国の承認を求めると確約した、と報じた。韓国国防部によると、日本が書面での他国との共同発表文で、この姿勢を確認したのは初めてとのこと。

 韓国側は会談で、有事の際、自衛隊が北朝鮮に入る場合も、韓国政府の同意が必要だと強調した(聯合ニュース20日)。それに対する中谷防衛相の返答については、報道が大きく割れている。

 1つのラインは会談直後の、両国からの公式的な発表に基づくもの。中谷防衛相は、返答として、「朝鮮半島の有事での対処にあたっては、日米韓の緊密な連携が必要と考えており、今後とも韓国及び米国とよく協議をしていきたい」と述べたそうだ。会談後に行った記者会見で中谷防衛相が明らかにしている。

 これは、韓国の要求に対して、直接的な返答を避けたものだろう。聯合ニュース(英語記事)は、韓国政府の同意を求めるかどうかについて、中谷防衛相は言質を与えないままだった、と伝えた。ハンギョレは、中谷防衛相の発言に対して、韓長官が何も答えなかったと韓国国防部が伝えたことに着目。韓国の主張を認めない点について抗議をしなかったことに、批判的な意見があることを伝えている。

◆それに対して中谷防衛相は……
 しかし別の報道では、中谷防衛相は会談で「韓国の有効な支配が及ぶ地域は、(朝鮮戦争の)休戦ライン以南だと日本側は理解している」との見解を示し、同意しなかった、と伝えられている(時事通信。毎日新聞も同様の報道)。おそらくこの報道を受けて、21日以降、韓国メディアも一斉に注目している。

 この情報の出所の説明に関しては、報道機関によってブレが見られる。朝鮮日報は、中谷防衛相が会談でそのように返答したと、日本の防衛省が発表したと伝えている。中央日報は、日本防衛省の関係者が日本の記者と会った席で「韓国の有効な支配が及ぼす地域は休戦ライン以南と理解している」と述べたと伝え、中谷防衛相ではなく「防衛省の関係者」が述べたことになっている。

 会談で中谷防衛相がそのように語ったという事実があったにせよ、その情報は本来公表される予定のものではなかったのかもしれない。「会談後に行われた国防部の記者会見では中谷氏のこうした発言は伝えられなかった。同部関係者は『両国が韓米日間の緊密な協力が必要だとする部分に重点を置いて会談結果を説明することで合意していた』と伝えた。しかし、日本側は会談終了からわずか数時間でこの合意を破り、中谷氏の発言を日本メディアに説明した」と聯合ニュース(21日)は報じた。

 また聯合ニュースの他の記事によると、韓国国防部は21日、この問題について、日米韓3国の枠組みで協議する問題である旨のコメントを出した。さらに同紙は、22~23日に東京で開催される日米韓の防衛当局の実務者協議で、韓国国防部はこの問題を本格的に提起するつもりだと伝えた。

 日韓両国には、実務者協議を前に、韓国国内で世論の関心がこの問題に集まってしまい、批判が高まることを避ける意図があったのかもしれない。だとすれば、それはすでに挫折してしまっている。

Text by 田所秀徳