なぜ時間は早く過ぎるのか そして、どうすれば遅くできるのか

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著:Hinze Hogendoornクイーンズランド工科大学、Professor, Visual Time Perception)

 もう12月だなんて、一体どういうことだろうか。2025年はどこへ消えてしまったのか。イースターエッグを食べていたかと思えば、いつの間にかクリスマスツリーを飾っているのはなぜなのだろう。

 時間の感覚が歪んだりねじれたりするように感じる理由を理解するには、まず脳がどのように時間を扱っているのかを掘り下げる必要がある。

 「時間知覚」という言葉は、実は少し語弊がある。時間そのものは、知覚される対象として「そこ」に存在するわけではないからだ。

 色や音、味、あるいは感触を知覚するとき、専門の感覚器官が環境の中にある何かを検出している。目に入る光の波長、耳に届く音波の周波数、口や鼻の中の化学物質、あるいは肌に触れる物体の圧力といった具合だ。

 しかし、時間にはそれに対応するものがない。脳が直接検出できるような「時間粒子」は存在しないのである。

◆脳はどのように時間を処理するのか
 私たちの脳は時間を知覚しているのではなく、推し量っている。時計の刻みのように、脳は変化を追跡することで時間の経過を推定する。

 ただし、時計とは異なり、脳には規則的に数えられる刻みがない。どの程度の時間が経過したかを推論するために、脳は単に「どれだけのことが起きたか」を積み上げていく。ある時間の中に刺激的な出来事を詰め込めば、その時間はより長く感じられる。実験では、短時間提示された点滅する画像は、同じ長さの静止画よりも長く続いたように感じられる

 これは、自動車事故のような強烈な出来事を体験した人が、しばしば「時間がゆっくり流れた」と報告する理由でもある。実際、ある有名な研究では、被験者に30メートル以上の高さから後ろ向きにネットへ落下してもらう実験が行われた。

 その後、その恐怖体験の長さを推定するよう求めたところ、彼らが報告した時間は、他人の落下を見て判断した場合よりも3分の1以上長かった。

 実体験による強い興奮は注意力を高め、その結果、出来事が展開するにつれて、脳に濃密で豊かな記憶が蓄積される。

 その後、その出来事の最中にどれだけの時間が経過したかを推定しようとするとき、この異常に密度の高い記憶の回想が、脳に実際よりも多くの時間が経過したと判断させるのである。

◆時間は…飛ぶ?
 11月や2025年の残りの期間に何が起きたのかを理解するには、「回顧的」な時間の計り方(どれだけの時間が経過したか)と「展望的」な計り方(今、どれくらいの速さで時間が過ぎているか)を区別する必要がある。

 子供なら誰もが知っているように、歯医者で待っている時間は、新しいおもちゃで遊んでいる時間よりもずっと遅く感じられる。しかし、それはなぜなのだろうか?

 ここでも重要なのは、どれだけのことが起きているか、そして何に注意を向けているかだ。時間そのものに注意を向ければ向けるほど、時間はゆっくり過ぎているように感じられる。

 「楽しい時間はあっという間」という格言があるが、必ずしも楽しくある必要はない。注意を向けている対象が、時間の経過から気を逸らしてくれさえすればいいのだ。仕事であれ遊びであれ、心を何かに集中させていれば、時間はいつの間にか過ぎ去っていく。

 逆に、時計を5分間じっと見つめてみれば、雑念を払わない限り、それがどれほど長く感じられるか分かるだろう。退屈は、時間の流れを大きく遅く感じさせる。

◆日常のルーチンが年月を加速させる
 この展望的知覚と回顧的知覚の乖離は、「一日は長いが、一年は短い」という言い回しの説明にもなる。これは加齢とともに強まる傾向にある現象だ。

 若い頃は、多くのことが新鮮だ。初めて学校に行き、初めての交際を経験し、最初の仕事に就く。これらすべての斬新な出来事が豊かな記憶の蓄積となり、後で脳が振り返ったときに「多くのことが起きたのだから、多くの時間が経過したはずだ」と結論づける。

 対照的に、年をとると、日常のタスクの多くがルーチン化する。子供を学校に送り、仕事に行き、夕食を作る。かつては新鮮だった日常の一部が繰り返しになるにつれ、興味を引かなくなる。こうした退屈な作業は、時間の流れを遅く感じさせ、「一日はなかなか進まない」という印象を与える。

 しかし逆説的に、これらのルーチンワークは刺激や新鮮味に欠けるため、残される記憶の痕跡は弱く、鮮明ではなくなる。そのため、年をとった脳が「年の初めからどれくらいの時間が経ったか」を推論するために振り返ったとき、「それほど多くのことは起きていない」と判断し、それほど昔のことではないように感じてしまうのだ。

 もちろん、これは「もう12月だ」という意識的な知識と矛盾するため、私たちは「なぜ一年がこんなに早く過ぎ去ったのか」と不思議に思うことになる。

◆では、どうすれば時間を引き延ばせるのか?
 今まさに体験している時間を引き延ばすのは非常に簡単だが、まったく満足のいくものではない。単に「退屈」すればいいのだ。赤信号でじっと待ち、頭の中で数を数え、「ペンキが乾くのを眺める」と言われるような時間を過ごすことだ。

 一方で、「回顧的」な時間を引き延ばすのはもう少し難しい。本質的には、12月になったときに、その一年を証明できるだけの記憶を確保しておく必要がある。

 その一つの方法は、記憶が薄れるのを防ぐことだ。最善の方法は、それらを繰り返し呼び起こすことである。日記や手帳に出来事を書き留め、振り返り、思い出に浸る。記憶を生き生きと保てば、過去もまた生き生きと保たれる。

 年末に一年分の記憶を確実に残すもう一つの方法は、もう少し主体性を必要とするが、はるかに刺激的だ。一年があっという間に過ぎたと感じさせないための最良の方法は、新しくユニークな体験による記憶で一年を満たすことだからだ。探索しよう。冒険に出よう。少し大胆なことに挑戦し、決して忘れられない経験をしてみよう。

 あなたの体内時計も、きっと感謝してくれるはずだ。

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
Translated by NewSphere newsroom

The Conversation

Text by Hinze Hogendoorn