「書くこと」で脳が変わる レジリエンスが高まり、日々の困難に立ち向かう力がつく

Johnstocker Production / Shutterstock.com

著:Emily Ronay Johnstonカリフォルニア大学マーセド校、Assistant Teaching Professor of Global Arts, Media and Writing Studies)

 ごくありふれていて誰にとっても身近な行為である「書くこと」は、脳を変える。怒りにまかせてメッセージアプリに文章を書きなぐるときから、オピニオン記事をじっくり書くときまで、書くという行為は、自分の痛みに名前を与え、同時にその痛みから距離を取ることを可能にする。書くことによって、圧倒されて打ちのめされた状態から、地に足のついた明晰さへと心の状態を切り替えることができる。この切り替えこそが、レジリエンス(逆境から立ち直る力)を映し出している。

 心理学、メディア、そしてウェルネス産業が、人々のレジリエンスに対するイメージを形作っている。社会科学者はそれを研究し、ジャーナリストはそれを称賛し、ウェルネス系ブランドはそれを商品として売っている。

 彼らは皆、似たような物語を語っている。レジリエンスとは、努力によって強めることができる個人の資質だという物語だ。アメリカ心理学会によるレジリエンスの定義では、レジリエンスは人生におけるさまざまな困難を通じて続く個人の成長のプロセスだとされている。ニュースの見出しは、困難な時期に決してあきらめない人や、逆境の中に希望の光を見いだす人を日常的に称賛している。ウェルネス産業は、レジリエンスに至る道として執拗なまでの自己改善を勧めている。

 自分はライティング研究の教授として、人びとがトラウマを乗り越え、レジリエンスを実践するために書くことをどのように用いているかを研究している。何千人もの学生が、感情を整理し、所属感を見いだすために書き言葉に頼る姿を目の当たりにしてきた。そうした書く習慣は、書くことがレジリエンスを育むことを示している。その仕組みは、心理学と神経科学の知見から説明できる。

◆書くことは脳を配線し直す
 1980年代に、心理学者ジェームズ・ペネベーカーは、患者がトラウマや心理的な困難を処理できるようにするため、「筆記表出(エクスプレッシブ・ライティング)」と呼ばれる治療技法を開発した。この技法では、つらい出来事について日記を書き続けることで、その体験との間に心理的な距離が生まれ、その出来事が心に与える負担が軽くなる。

 言い換えれば、感情的な苦痛を文章として外に出すことが、安心感を育むということだ。エクスプレッシブ・ライティングは、痛みを比喩的な「本」に変え、本棚にしまっておき、必要なときに意図して開けるようにする。脳に対して「これはもう抱え続けなくていい」と伝えるのだ。

 感情や思考を紙の上の言葉に翻訳することは、複雑な精神的作業だ。そこでは、記憶を呼び起こし、それをどう扱うか計画しながら、記憶や意思決定に関わる脳領域を働かせる。さらに、それらの記憶を言語に変換することによって、脳の視覚系や運動系も活性化する。

 書き留めることは、記憶の固定(コンソリデーション)を支える。記憶の固定とは、脳が短期記憶を長期記憶へと変換する過程のことだ。この統合のプロセスによって、人はつらい体験の意味づけを変え、自分の感情を扱えるようになる。要するに、書くことは、心が「いまここ」にいられるように解き放つ助けになる。

◆書くことを通じて行動する
 書くことによって生まれる「今ここにいる」という感覚は、単なる抽象的な気分ではない。神経系の中で起きている複雑な活動を反映している。

 脳画像研究からは、感情を言葉にすることが感情の調整を助けることが示されている。感情にラベルを貼ること――罵り言葉や絵文字でも、慎重に選んだ言葉でも――には、多くの利点がある。まず、脅威を察知して恐怖反応、つまり闘う・逃げる・固まる・迎合するといった反応を引き起こす神経細胞の集まりである扁桃体を落ち着かせる。さらに、目標設定や問題解決を支える脳の一部である前頭前野も活性化させる。

 言い換えれば、自分の感情に名前をつけるという単純な行為が、「反射的な反応」から「意図的な応答」へと切り替える助けになるということだ。感情と自分自身を同一視してそれを事実だと思い込むのではなく、書くことによって、ただ起きていることに気づき、意図的な行動の準備ができるようになる。

 やることリストを書き出すといったありふれた書き物でさえ、推論や意思決定に関わる脳の領域を刺激し、集中力を取り戻す助けになる。

◆書くことによって意味をつくる
 書くことを選ぶというのは、意味をつくることを選ぶということでもある。主導権を持っているという感覚は、書くための前提条件であると同時に、書くことから生まれる結果でもあることを示す研究もある。

 研究者たちは以前から、書くことが認知的な活動であることを明らかにしてきた。書くことは、人がコミュニケーションのために用いるだけでなく、人間経験を理解するためにも用いる活動だ。ライティング研究の分野の多くの人びとが認めるように、書くことは思考の一形態であり、人は一生を通じて学び続ける営みでもある。だからこそ、書くことには、心のあり方を絶えず作り替える可能性がある。書くことは、単に自分を表現するだけでなく、自分というアイデンティティを積極的に形づくる。

 書くことは、心理状態を調整する働きも持つ。そして自分が書いた言葉そのものが、その調整が行われた証拠、すなわちレジリエンスの証拠になっている。

 人間のレジリエンスに関する大衆向けの報道では、それがしばしば並外れた忍耐力として描かれる。自然災害に関するニュース報道は、多くの場合、トラウマが深刻であればあるほど、個人的成長も大きいかのように示唆する。ポップ心理学では、レジリエンスが揺るがない楽観主義と同一視されがちだ。そうした描き方は、ごく普通の形での適応を見えにくくしてしまう。日常生活に対処するために人びとがすでに用いている戦略――怒りのメッセージを送ることから、退職願の下書きをすることまで――もまた、変化のしるしなのだ。

◆書くことによってレジリエンスを育む
 次のような、研究に裏づけられたヒントは、レジリエンスを高める書く習慣を身につける助けになる。

1. できるだけ手書きにする
デバイスでのタイピングやフリック入力と違って、手書きにはより高度な認知的な協調が必要になる。そのぶん思考の速度がゆるやかになり、情報を処理し、関連づけ、意味を見いだしやすくなる。

2. 毎日書く
小さく始めて、続けることを大事にする。1日の出来事、感じていること、考えている計画や意図などを短くメモするだけでも、頭の中の考えを外に出し、とりとめのない反すうを和らげることができる。

3. 反応する前に書く
強い感情が湧き上がったときは、まずそれを書き出す。手の届くところにノートを置き、「言う前に書く」ことを習慣にする。それによって、振り返って考える力が支えられ、目的と明晰さをもって行動しやすくなる。

4. 出さない手紙を書く
気持ちを書き留めるだけでなく、その感情を、自分を悩ませている相手や状況に宛てた手紙の形で書いてみる。自分自身に手紙を書くことでさえ、他人の反応を気にせずに感情を解放できる安全な場をもたらしてくれる。

5. 書くことをプロセスとして扱う
何かの草稿を書き、他者にフィードバックを求めるたびに、一歩引いて別の視点を考える練習をしていることになる。そのフィードバックをもとに推敲することは、自己認識を強め自信を育てることにもつながる。

 レジリエンスとは、人びとが走り書きする日記の一文や、やり取りするメール、作成するタスクリスト、さらには学生が教員のために必死に書き上げるレポートと同じくらい、ありふれたものなのかもしれない。

 書くという行為そのものが、進行中の適応なのだ。

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
Translated by NewSphere newsroom

The Conversation

Text by Emily Ronay Johnston