保険CEO射殺事件に見る「アメリカ保険制度」の闇
12月4日、米ニューヨーク市マンハッタンの路上で健康保険会社ユナイテッドヘルスケアの最高経営責任者(CEO)、ブライアン・トンプソン氏が射殺されるというショッキングな事件が発生した。ニューヨーク市警はこの射殺事件を、計画的に(トンプソン氏を)ターゲットにした犯行であると述べている。容疑者男性はその後自転車で現場から逃走。同市セントラル・パークで、容疑者が犯行時に携帯していたバックパックが発見された後、ルイージ・マンジョーネ容疑者は9日にペンシルバニア州で逮捕された。
◆欠陥AIで保険請求を拒否
ユナイテッドヘルスケアは、事件のおよそ1年前の2023年11月、すでに死亡した元被保険者の家族から訴えられた経緯がある。CBSニュースによると、同社では「90%のエラー率を持つことを知りながら、あえてそのAIモデルを利用して、アメリカ政府が運営する『メディケア・アドバンテージ・プラン』で義務付けられた高齢者の保険請求を拒否している」という。
NBCニュースによると、トンプソン氏を殺害した容疑で逮捕されたマンジョーネ容疑者も、アメリカの掲示板サイト「レディット」に背中の怪我とその痛みについてつづっていた。彼自身の保険請求経験や、ユナイテッドヘルスケアの不正直な経営方針に対する怒りが、今回の事件の動機になった可能性もある。
◆「現代のロビン・フッド」と呼ばれる容疑者
この事件の特異な点は、殺害された一般市民のトンプソン氏に批判が集まる一方で、マンジョーネ容疑者には同情や共感の声が集まっていることだ。ピープル誌が取材した元連邦捜査局(FBI)エージェントは、彼がある意味「巨大な悪徳企業と闘うロビン・フッド」のような存在として英雄扱いされていることで「明確に捜査の妨げになっている」と述べている。
事実、ソーシャルメディアや掲示板サイト、ユーチューブのこの事件に関するニュース動画などのコメント欄は、マンジョーネ容疑者を擁護する声が大半だ。そのなかには「ルイージは私たちが必要としていたとは知らなかったロビン・フッドだ」「ルイージは革命を始めた。そして支配階級は怯えている」「君はヒーローだ、ルイージ。システムは君を憎むかもしれないが、人々は君を愛している」「ルイージを解放しろ」などというコメントもある。まるでアメリカ人のなかにくすぶっていた怒りや憤りが、マンジョーネ容疑者が起こしたこの事件で、一気に爆発したような様相なのである。
◆営利に走るアメリカの健康保険会社
この殺人事件が起こったことで、アメリカ国民に改めて突きつけられた事実は、自国の健康保険制度の特殊性だろう。日本やカナダ、フランス、イギリスなど、多くの先進国には政府が非営利で国民のため運営する国民皆保険制度が存在するが、世界一の経済大国のアメリカでは、健康保険は主に私企業により営利目的で運営されている。その結果、保険請求拒否や保険適用範囲の狭さ、高額な保険料など私企業特有の問題が次々に発生している。実際にアメリカでは、バラク・オバマ大統領時代に「オバマケア」と知られる医療保険制度改革法(Affordable Care Act)が施行されるまで、既往症のある人々が健康保険に加入することさえも困難だった。アメリカにおける健康保険は被保険者を守るためのものというより、保険会社が営利を得るためのものなのだ。
健康保険会社CEOが殺害されるという衝撃的な事件が、これまで支配階級が作り上げたシステムを妄信してきたアメリカの一般市民の目を覚ましたといっても過言ではないだろう。この事件は、世界一の経済大国で国民の健康を守るべき健康保険会社が営利を最優先し、それによって国民が苦しむというアメリカの闇を世界に暴いたのである。