タイタン遭難と移民船転覆、2つの悲劇への人々の反応が違ったのはなぜなのか?

Fareed Khan / AP Photo

 大西洋に沈んだイギリスの豪華客船「タイタニック号」の残骸を見るために深海旅行に出かけた潜水艇が行方不明になったという冒険物語は、約1週間にわたって世界中で注目の的となった。最終的には圧壊により、5人の乗員・乗客全員が死亡する形で幕を閉じた。

 しかしその数日前、多くの難民を乗せた漁船がギリシャ沖で転覆し、少なくとも80人が死亡、500人が行方不明となっていた。人的被害が大きかったにもかかわらず、この事故のニュースは潜水艇タイタンと比べると、世界から時々刻々の注目を集めるようなことはなかった。

 一方はリアルタイムの動向に絶えず関心が集まる。他方は、悲しいけれどよくあるニュースとして話題になる程度の扱いを受ける。

 海で起きた2つの事故について、我々の反応がこれほど異なるのはなぜだろうか。2つのニュースを交互に見聞きしたとき、悲劇に対する人間の反応について何が言えるだろうか。そして、なぜ潜水艇の冒険物語がこれほどの注目を集めたのだろうか。

◆不透明な結末とカウントダウンの開始(という思い込み)
 ギリシャで難破船が転覆したことがニュースになった頃、その事故はすでに起きており、ある程度は結末もみえていた。残るは後日談だけだった。

 一方、世界の人々が考えていたタイタンの事故は進行中の出来事、つまりタイムリミットが決まっているリアルタイムの出来事だった。どのような話でもそうだが、カウントダウンが始まると緊張と関心が高まるものだ。

 潜水艇との交信がままならず、乗員・乗客が置かれている状況が何一つわからなかったということは、人々に細心の注意を向けさせる可能性をさらに高めた。ペンシルベニア州のラファイエット・カレッジの心理学教授で、人々が周知の出来事からどのように記憶を形成するかを研究しているジェニファー・タラリコ氏は「少なくともしばらくの間、全員が助かる見込みがあるとされたことが、世間の関心をつなぎとめる役割を果たした」と指摘する。

◆あの有名な歴史的悲劇が再びニュースに
 ジェームズ・キャメロン監督の人気映画『タイタニック』(1997年)が上映されるかなり前から、タイタニック号の沈没は現代における悲惨な事故の典型として知られていた。潜水に挑もうとするタイタンは、そのような関心の高い領域に迫るものだった。つまり、潜水艇とは無関係のところですでに人々の興味が焚きつけられていたのだ。

 タイタンの事故に対しキャメロン氏が反応したことで、タイタニックとタイタンのつながりがさらに強まった。同氏は6月23日に放送された英BBCのインタビューで、大西洋の海底に沈んだタイタニックの残骸があるところにタイタンが到達する前に地上との交信を絶ったと聞いた直後、潜水艇が崩壊したことを「確信した」と語っていた。潜水艇には96時間分の酸素が確保されており、何かをたたく音が聞こえたなどと数日にわたってマスコミは報道していたが、これについては「悪夢のような茶番を延々と見せられていた」と評している。

◆階級と人種の影響
 それが公平かどうかは別として、多くの反応や拡散されたミームの中心には、金持ちが海を舞台に贅沢な遊びをしていたという出来事と、社会的地位や財産、現代の思想の世界で発言力を持たない人々に降りかかる不幸が悲しいほど頻繁に繰り返されたという考え方があった。

 ノースカロライナ大学シャーロット校の公衆衛生学教授で、心的外傷や事件・事故の生存者について研究しているアプリル・アレクサンダー氏は「ギリシャの海で漁船に乗っていた難民たちに寄せられた関心の度合いは、タイタニック号の探検に25万ドル(約3600万円)を支払った裕福な人たちに及ばなかったようだ」と話している。

 それに関連して、アメリカでは犯罪報道の扱いに違いがあると指摘しており、犯罪被害者が裕福な白人の場合、貧困にあえぐ有色人種の人が被害者であるときに比べて注目度が高まる傾向があるという。

◆メディアの耳目が集まるのは少ない集団
 スミス・カレッジの社会学准教授で、マスメディア、デジタル文化、感情を研究しているティム・リクバー氏によると、我々が興味を持つのは往々にして、苦しい状況に共感できる話が繰り広げられるときである。また、対象となる人が少ないほど共感が得られやすいとして、リクバー氏は「今回の2つの事故に関しては、階級について平等な扱いがされていないと主張する人もいると思われる。潜水艇に乗っていた人たちのステータスについては知ることができる。裕福で、報道機関にアクセスできる人たちだ。共感できる人という意味では、人種や国民性の違いが関係している」と述べている。

◆一般人は他人が冒すリスクを自分に置き換え
 ニュースに見出しがつけられるようになってからというもの、リスクを冒す人には世間の注目が集まった。ミシガン州のホープカレッジで心理学教授を務め、大事件の意味合いやそれが人々に与える影響について研究しているダリル・ヴァン・トンゲレン氏によると、一般大衆は何か危険なことをすることで生死を演じる人に魅了されるものだという。

 つまり、リスクを冒している他人の行動を自分の体験と捉えることで、読者や視聴者は自分が生きていることを実感するのだとして、「これほどリスクの高い経験に挑む人には魅力がある。人生で唯一確実なのは死であることを誰もが知っているにもかかわらず、私たちは死に近づきながらもそれを克服するような行動を喝采する。人間が死を超越した力を持っていることを示したいのだ」と指摘する。

◆災害疲れも一因か
 新型コロナウイルス感染症のパンデミックに銃乱射事件、経済問題、戦争、そして気候変動……悪いニュースが次々と飛び込んでくるのはつらいものだ。アレクサンダー教授は「人々の感覚が麻痺し始めている」と言う。

 最終的には、人種、宗教、人口動態などの属性にかかわらず、誰であれ人にもたらされる悲劇に対する社会の関心が同レベルになってほしいとした上で、アレクサンダー氏は「もし愛する人が行方不明になったとき、メディアや一般市民が差別をすることなく同じように関心を寄せてくれるようになるのが理想だ」と述べている。

By DAVID SHARP Associated Press
Translated by Conyac

Text by AP