子供も悩む「円形脱毛症」 髪がいかに美、人種、文化にかかわっているのか
全世界で大勢の人が円形脱毛症に悩んでいる。脱毛を引き起こす自己免疫疾患の一種だが、いまこの病に注目が集まっている。きっかけは、アカデミー賞授賞式で起きたウィル・スミス氏による「平手打ち事件」だ。スミス氏の妻は脱毛症を公表しており、司会者でコメディアンのクリス・ロック氏がそれをジョークにしたことが原因だと報じられた。
この「平手打ち事件」は世界中に衝撃を与え、スミス氏に対して非難の声が上がった。その後スミス氏は謝罪したが、アカデミー賞サイドから10年間の授賞式追放処分が言い渡された。しかし彼の怒りの原因が明らかになり、薄毛をからかうような発言を無神経だと感じた人も少なくない。
脱毛症はごく一般的でありながら、ほとんど議論がなされていない疾患であるため、この一件で認知度が高まったことはわずかなメリットだったと評価する関係者もいる。5月末、スミス氏の妻であるジェイダ・ピンケット・スミス氏はアメリカのトークショー「レッド・テーブル・トーク」で脱毛症について語った。
本記事では同疾患について、そして「髪」がいかに美や人種、文化、自己同一性と結びついているかを紹介する。
◆円形脱毛症の原因とは
円形脱毛症は、頭皮から毛がポツポツと抜け落ち、眉毛や鼻毛といった体毛全般におよぶこともある。
イェール大学医学部の脱毛専門家であるブレット・キング氏は「脱毛症は急激に発症し、予測困難で、精神的な負担も非常に大きい。朝起きたら眉毛の半分が抜け落ちている、と想像してみてください。予測不可能な点が精神的打撃につながり、自分でコントロールできない点も非常につらいです。脱毛症は、人のアイデンティティを奪う病気なのです」と語る。
めったに議論されることはないが、じつはかなり身近な疾患である。脱毛の原因としては男性型・女性型脱毛に次いで2番目に多く、人口の約2%が有病者だという。身体的な痛みはなく自然に治るケースもあり、治療も可能だ。
◆女性への影響は?子供には?
授賞式司会者のロック氏がピンケット・スミス氏の病名を知っていたかどうかは不明だが、髪はビジュアルの大きな要素であり、女性にとっては「女性らしさ」にかかわる文化的概念とも結びついている。
シカゴを拠点とする認定脱毛外科医ウィリアム・イェーツ氏は「女性はきれいな髪を持つもの、と期待されています。男性が髪を失っても『渋い』という表現がありますが、女性が髪を失うと悲惨です」と話す。
また、この症状は比較的若いときに襲ってくる傾向がある。ソルトレイクシティのインターマウンテン・ヘルスケアの皮膚科医であるクリストファー・イングリッシュ氏は「ほとんどが40歳前に診断され、そのうちの約半数は子供のうちに症状が出始めるといいます」と述べている。
全米円形脱毛症財団のコミュニケーションディレクター、ゲイリー・シャーウッド氏によると、外見に悩みがちで周囲からのプレッシャーが最も高まる10代に脱毛症を発症した場合、精神的な負担はかなり大きいという。
インディアナ州では、学校でいじめに遭った脱毛症のリオ・オールレッドさん(12歳)がその後、自ら命を絶った。彼女の母親がレッド・テーブル・トークに出演し、その喪失感について語ったのは、アカデミー賞授賞式の2週間ほど前だ。
専門家のシャーウッド氏およびイェーツ氏は、この病気が黒人やラテンアメリカ人に多いことを指摘する研究結果もあるというが、国立衛生研究所は「すべての人種と民族、男女に影響がある」としている。
シャーウッド氏は、ロック氏のジョークについて「珍しいことではありません。地球上に人類が存在する限り、ずっと続いています。何世紀もの間、人々がそのことについて語ってこなかったのです」と話す。
◆脱毛症との暮らしとは?
ニューヨークのインテリアデザイナー、シーラ・ブリッジズ氏もまた、ロック氏のジョークに心を痛めていた。
同氏は2009年に制作したドキュメンタリー映画『グッド・ヘア(Good Hair)』のなかで、ブラックカルチャーにおける髪の重要性についてロック氏に語っている。
多くのアフリカ系アメリカ人にとって服装やファッションというのは、より広い社会で「普通」や「許容範囲」とされることに逆らいたい、という願望と絡み合っている。アフロやコーンロウ、ウィッグやヘアエクステンションなど、彼女たちが髪型で表現しているのは、ただの「ヘアスタイル」ではない。
ブリッジズ氏がインタビューで語ったのは、病気で髪を失うことの恥と屈辱、自分の髪形がいかに人種的アイデンティティと絡み合っているか、髪を失うことがいかに女性らしさや社会通念に影響を与えるか、ということだ。
授賞式での事件は、スミス氏による暴力に対する非難、ピンケット・スミス氏への同情、そしてロック氏への深い失望という、相反する感情をブリッジズ氏に抱かせた。
同氏は「髪のない人生と、髪に執着する社会を生きることは、女性として簡単なことではありません」と言う。
ブリッジズ氏はウィッグを着けていない。理由は、着けたくないから。そして、髪のない女性の姿が「当たり前」になり、現状のレッテルを取り除きたいと願っているからだ。
髪のない姿で人前に出ることを決心して10年がたったが、「髪のない女性」を受け入れがたい人もいる。同氏は「週に一度は必ず、心無い言葉を耳にします」と話す。
黒人女性は何世代にもわたり、白人の美の基準に合わせて自然な髪質を変えるよう求められてきた。そんな彼女たちにとって、「髪」はすでに緊迫した問題だ。ユニリーバUSA社の「ダヴ」パーソナルケア部門が2019年に行った調査によると、黒人女性の80%が職場の社会的規範に合わせるため、自然な髪形を変えている。また今年3月には、「黒人の学生はほかの学生よりも服装や髪形の違反で停学処分を受ける確率が高い」という研究が発表された。これに基づき、米国下院では自然な髪形に基づく差別の禁止を決議した。
授賞式の平手打ち事件について、ブリッジズ氏は「この一件で唯一よかったことは、脱毛症が日の目を見るようになることです」と述べている。
By LINDSAY WHITEHURST Associated Press
Translated by isshi via Conyac