ベラルーシ選手の亡命問題の背景とは? 独裁政権の弾圧、アスリートにも
東京オリンピックに出場したベラルーシ代表の陸上選手、クリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手は、同国チーム関係者との確執をきっかけにEUへの亡命する決意を固めた。この事件によって、彼女の母国・旧ソビエト連邦構成国ベラルーシの抑圧的な体質、すなわち、政府への抗議活動を厳しく取り締まるベラルーシ当局の強権ぶりがあらためて浮き彫りになった。
ツィマノウスカヤ選手がAP通信に対して語ったところによると、同選手がソーシャルメディア上にチームのマネジメントに関する批判を書きこんだ結果、チーム関係者からただちに帰国するよう空港までの移動を命じられ、「おまえは必ず何らかの罰を受けるだろう」と言われたという。
以下では、現在のベラルーシ情勢、ならびに当局に反抗的な姿勢を見せた人々が直面する危機について簡潔に解説する。
◆選挙後に始まった締め付け強化
ベラルーシでは、2020年8月の選挙でアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が6期目の当選を決めた直後から、数ヶ月以上にわたって抗議行動が行われるなど混乱が続いてきた。
そのなかでも最大の抗議行動には、20万人以上が参加した。これに対して当局は大々的な取り締まりを行い、3万5000人以上が逮捕され、警察から暴力を受けた人の数も数千人にのぼった。主要な野党関係者は逮捕・投獄されるか、やむなく国外に逃れた。
ベラルーシを27年にわたって強権支配してきたルカシェンコ大統領は、自らの政敵を外国のスパイと呼んで糾弾し、アメリカおよびその同盟国がベラルーシ政権の転覆を画策していると非難してきた。
◆手段を選ばず
当局は今年5月、ギリシャ発リトアニア行きのライアンエアーに航路変更を強要し、ベラルーシの首都ミンスクに緊急着陸させた。その上で、その便に搭乗していた反体制ジャーナリストを逮捕し、手段を選ばず反対派を追い詰める強気の姿勢を見せつけた。
その後、逮捕されたジャーナリストのロマン・プロタセヴィッチ氏は国営テレビの複数の番組のインタビューに登場。そのなかでルカシェンコ大統領への忠誠を誓い、当局捜査官らに全面的に協力すると涙ながらに語っている。ベラルーシの野党と西側各国は、このテレビインタビューは当局が強要したものだとして非難の声を上げた。
また8月3日には、ウクライナを拠点に当局の迫害を恐れるベラルーシ国民らの国外脱出をサポートする団体を運営するベラルーシ人活動家が、ウクライナの首都キエフの公園で首を吊った状態で死亡しているのが発見された。現地の警察は、それが果たして自殺なのか、自殺に見せかけた殺人なのかを究明するため、捜査を開始したと話している。
◆強まる弾圧
過去何ヶ月にもわたって野党指導者や反体制活動家への取り締まりを続けてきた当局は、ここ最近の数週間、数百にのぼる独立系ジャーナリストや反体制活動家らのオフィスや自宅を強制捜査し、その締め付けをさらに強化した。
ルカシェンコ大統領は、反体制活動家らを「無法者、外国のスパイ」と称して非難し、政府はそういった者たちに対する「掃討作戦」を継続すると宣言している。
ベラルーシ最大のメディアで、もっとも高い信頼度を誇るメディア組織「ベラルーシジャーナリスト協会」や、2015年のノーベル文学賞受賞者、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ氏が代表を務める作家協会「ベラルーシ・ペンセンター」を含め、50団体以上ものNGOが閉鎖の危機に直面している。
当局の弾圧が続くなか、EU加盟国でベラルーシの隣国でもあるポーランドとリトアニアは、ここまで政府への抗議を行う人々への強力な支援を約束し、当局の圧制から逃れてきた人々に対する避難所を提供してきた。またポーランドは、ツィマノウスカヤ選手に対する人道ビザをただちに発行した。
◆スポーツに傾倒する大統領
ベラルーシのオリンピック委員会のトップを四半世紀にわたって務めてきたルカシェンコ大統領は(今年2月、同大統領の長男がそのポストを継承)、スポーツに対して並々ならぬ関心を持っている。今回も東京オリンピックの代表選手らに対し厳しい言葉を使い、彼らのパフォーマンスに対する不満を表明している。
大統領は、「観光客気分で参加し、メダルを国に持ち帰れない者は、もう戻ってこなくてもよい」と発言している。
国際オリンピック委員会(IOC)は、同大統領とその長男が東京オリンピックに出席することを認めなかった。またIOCはベラルーシの複数の選手らから、同国での抗議活動に対する取り締まりの一環として当局から報復や脅迫を受けたとの申し立てを受け、それに関する調査を行った。
ベラルーシの独立系政治アナリスト、ヴァレリー・カルバレヴィッチ氏は、「ルカシェンコ大統領はスポーツを自らの政治力を誇示する政治的機会とみなし、そこで輝かしい成果を見せつけたいと考えている。選手の失敗や敗退を、自分の名声や権威を損ねる好ましくないものと捉えている。彼にとって、スポーツは国威発揚の道具に過ぎない」と語る。
また今年初めには、当局による反政府抗議活動の取り締まりをめぐり、アイスホッケー世界選手権の開催地からベラルーシを除外する決定が下され、ルカシェンコ大統領を激怒させた。
カルバレヴィッチ氏は、「ベラルーシは数多くの敵国に取り巻かれていると大統領は信じており、自分に対するあらゆる批判を西側諸国の陰謀の一部とみなしている。だから今回のツィマノウスカヤ選手の件に関しても、敵対する西側諸国が新たに仕掛けた対ベラルーシ攻撃の一部と捉えたのだ」と話す。
◆スポーツ選手が標的に
ベラルーシではこれまでにも多数のスポーツ選手らが、政府に対する抗議を行ったり、抗議活動への支持を表明したりしたことを理由に当局からの報復措置を受けてきた。
昨年10月には、ベラルーシの女子バスケットボール界のスター、元WNBAプレーヤーのエレーナ・レウチャンカ氏が政府に対する平和的なデモに参加したことを理由に拘束され、15日間を刑務所内で過ごした。同氏は後にAP通信に対し、刑務所内の状況は悲惨で、独房ではお湯も出ずトイレもなかったこと、また囚人たちはマットレスなしの金属製ベッドで眠らされたことを語っている。
ベラルーシの女子ラグビー代表チームのキャプテンであり、ビーチラグビー・ヨーロッパ選手権の銅メダリスト、マリア・シャクロ選手も、平和的デモに参加したことを理由に10日間の懲役を命じられた。
昨年9月には、オリンピック・ハンマー投げのレジェンド、ワディム・デヴィアトフスキー氏が大統領を批判するフェイスブック投稿を行った直後に、ベラルーシ陸上競技連盟の会長ポストを解任された。
さらに、ベラルーシでもっとも有名なハンドボール選手の一人、ナタリア・ペトラコワ氏は政府に対する抗議書簡に署名した直後、女子ハンドボール代表チームのシニアコーチの職務を解かれた。
ベラルーシスポーツ連帯財団(BSSF)によると、これまであわせて124名のスポーツ選手らが懲役刑、解雇処分、またそれ以外の制裁措置を当局から受けてきた。
BSSF活動家のヴァディム・クリヴォシェエフ氏は、「国家の惨状は、スポーツにも反映されている。強権的な国家機構が、勇気をもって市民の立場を代弁したアスリートを標的に圧力をかけてきた。結果として当局に忠実なアスリートのみが競技を許される状況となり、現在ベラルーシのスポーツは急激な衰退の危機に直面している」と話す。
By YURAS KARMANAU and VLADIMIR ISACHENKOV Associated Press
Translated by Conyac