家を追われ車で寝泊まりする人々 パンデミック下のスペイン

Alvaro Barrientos / AP Photo

 65歳のスペイン人、ハビエル・イルレ氏はある日、ソーシャルワーカーから立ち退きを要求された。50年にわたって肉体労働に従事してきた彼は、自身がホームレスになるなど思いもよらなかったという。

 イルレ氏は古いルノーのコンパクトカー「クリオ」の車内で、「服をいくつか、そして数冊の本などをつかんでシーツにくるみ、『私にはまだ、雨風をしのげる屋根が残っている。車があるじゃないか』と自分に言い聞かせました」と語る。過去3ヶ月間、彼はこの車で暮らしている。

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 新型コロナウイルスのパンデミックは多くの経済的な犠牲者を生み出し、イルレ氏もその1人だ。どうにか感染を免れたものの、スペイン政府が感染拡大防止策として移動と社会活動を制限したことから、労働活動が減速し、彼自身の「経済的安定」は致命傷を負った。

 イルレ氏は13歳からホテルのベルボーイとして働き、2020年にパンデミックがスペインを襲ったときはプロのクリーナーとして働いていた。しかし、新型コロナの襲来によって彼の収入は途絶えた。彼が賃貸アパートを後にしたのは、それからまもなくのことだ。

 彼は公的社会福祉機関の力を借りようとしたが、現在は地元の慈善団体「AyudaMutua」からの援助に頼っている。

 公的行政機関とやり取りするなかで、イルレ氏は「自分がまるで、振り子のように感じます。窓口から窓口へ、そして応答のない電話とあいまいな約束の間を行ったり来たりするのです」と話す。

 スペインの経済は観光業とサービス業に依存しているため、パンデミックの影響は深刻だ。国の左派系政府はその余波を極力抑えるため「一時解雇プログラム」を継続しているものの、失業数は100万人を超えた。

 家族の結束によって貧困を免れる市民が多い一方、在宅率が上がったことでスペインの家庭生活は負担を強いられてきた。その証拠に、離婚率は急上昇している。家庭が崩壊することで、より多くの個人が取り残されてしまった。
 
 カトリック系の支援団体「カリタス・エスパニョーラ」は3月初め、援助を求める人の26%(約50万人)はパンデミック後にやってきた、とコメントしている。カリタスはパンデミック以後、ホームレスを支援するため13のセンターを開設している。

 フアン・ヒメネズ氏もまたイルレ氏同様、車に住む以外の選択肢がなかったという。この1年ほど、彼は中古のフォードに寝泊まりしている。

 60歳のヒメネズ氏は、妻と暮らすために大きめの家を購入したが、その後住宅ローンが返せなくなり、結婚生活は破綻した。過去数ヶ月間に支給された政府からの支援金620ユーロ(約8万円)は7人の子供たちのために使った。

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 彼は、「子供たちとひとつ屋根の下で暮らすことを夢見ていますが、私はここにいる方がいいのです。彼らには彼らの人生があり、私は負担になるだけでしょう」と話す。

 ヒメネズ氏とイルレ氏はいずれも、かつて自宅のあったスペイン北部のパンプローナ郊外におり、駐車場から駐車場へと車で移動している。長期間同じ場所に車を停めることで、人目を引くのを避けるためだ。

 服や毛布、カバンなどの持ち物で散らかった車内でヒメネズ氏は、「朝、目が覚めるたびに『私はここで何をしているのだろう』と自問自答します。私たちは目に見えない存在です。誰も私たちのことを見たくありませんし、知りたくもありません。私たちは、存在しないのです」と語る。

By ÁLVARO BARRIENTOS Associated Press
Translated by isshi via Conyac

Text by AP