ユダヤ人を救った架空の感染症「シンドロームK」

ファーテベネフラテッリ病院|leventina / Shutterstock.com

◆実在しない病名 ドイツ人を騙せ
 ヒストリー・トゥデイ誌によれば、「シンドロームK」は、医師であり反ファシスト活動家のジョバンニ・ボッロメオ氏によって名づけられた。本物の患者と隠れているユダヤ人を区別するための暗号名で、Kはドイツ軍のイタリア戦線司令官だったアルベルト・ケッセルリンクと、ナチスローマ警察長だったヘルベルト・カプラーを意味したとされる。2人は後に戦犯として裁かれ、有罪となっている。

 いかにして医師たちがユダヤ人をかくまったかには諸説あるが、ボッロメオ医師の息子によれば、10月終わりにナチスがファーテベネフラテッリ病院にユダヤ人と反ファシストを探しにやってきたという。ボッロメオ医師は「シンドロームK」の患者を収容していた病棟に一行を案内し、いかに恐ろしい病気であるかを説明したあと、病棟内の捜索を許可した。しかし一行は、中に入ることを拒否し、それ以上何も尋ねず去って行ったという。IFLサイエンスは、「シンドロームK」がドイツ人将校たちに「コッホ病」とも呼ばれた結核を想像させたせいもあると見ている。

 ユダヤ人をかくまった医師の一人であるVittorio Sacerdoti氏は、2004年のBBCのインタビューで、偽の患者たちはナチスが来たら、咳をたくさんするようにと教えられていたと話した。恐ろしい病気をうつされたくないので、病棟には入ってこないと読んだからだという。案の定、ナチス一行はウサギのように逃げていったと当時を回想している。

◆医師たちはヒーロー 嘘が支えた善
 その後もナチスの病院捜索はあったようだが、1944年6月5日に連合国軍がローマを解放し、ナチスによる迫害は終わった。「シンドロームK」のおかげで助かったユダヤ人の数は、十数人から数百人とされ、正確にはわかっていない。しかしファーテベネフラテッリ病院の役割と医師たちの機転はナチスの恐怖に対する勇敢な行為として高く評価されている。2019年には、ドキュメンタリー映画『Syndrome K』が製作され、2020年1月に公開された。最近NHK BS1でも放送されており、コロナ禍で再び注目が高まっているようだ。

 一方で、この事件はファシズムのもとでのカトリック教会のあいまいな役割を示すことになったとヒストリー・トゥデイ誌は指摘する。当時の教皇ピウス12世はナチスのユダヤ人迫害に対し明確な非難をしておらず、戦後も批判を受けてきたという事実がある。同誌はまた、ナチスの将校たちは「シンドロームK」が架空の病気とは気づかなかったとし、偽りの情報、恐怖、無知が善のための力になることもあると指摘している。

Text by 山川 真智子