ベイルート大爆発はレバノンに変革をもたらすか
ベイルートの港で不適切に貯蔵されていた化学薬品数千トンが原因となった大規模な爆発・破壊事故は、中東一の勢いを誇る国家の崩壊を招いた何十年にもおよぶ腐敗が、積もり積もった結果である。
数十億ドルの損失をともなう壊滅的な被害を受け、レバノンで多発している人道上の危機は深刻化するだろう。完全に防げたはずの1件の事故のおかげで、よりいっそう貧困に苦しみ、絶望に打ちひしがれることとなった国民は、怒りに震えている。
しかし、長年にわたり汚職と怠慢を働きながら、政界に居座り続けるエリート層の追放が待望されるなか、今回の事故がそのきっかけとなるのではないかという期待もある。とはいえ、事故が改革に向けた起爆剤になったとしても、悲惨な経済状況のもとでは、達成までには不安定で混乱した状態が何年も続くだろう。
レバノンの支配者層は、多くが1975~90年の内戦時代に活躍した各地の司令官や民兵出身者で、並外れた粘り強さを見せてきた。何度選挙が行われても、議席にしがみつく。大部分は、レバノンの宗派主義体制と、エリート層には事実上何の罰則も与えず、政界での生き残りを約束する旧式の選挙法のおかげである。
レバノン国民は、これまで何度も行動を起こしてきた。たとえば、トラック爆破テロによるラフィク・ハリリ元首相暗殺事件をきかっけとした15年前のデモ。2015年にごみの未回収問題が起こったときには、「You Stink(お前は臭い)」と題した抗議運動が行われた。最も近いものとしては、昨年10月にも経済危機を受けたデモが勃発している。このような抗議運動は、いずれも政権に圧倒・制圧され、参加者は失意の果てに解散させられた。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで中東政治を研究するファワーズ・ゲルゲス教授によると、レバノンの政治体制には、政治家たちの利権がきわめて深く絡んでいる。
「歴史的に見れば、今回のような国家規模の大災害や爆発事故は、改革につながる変化のきっかけとなり得ます。しかしレバノンを統治・支配するエリート層が、自ら変わろうとするかというと、かなり疑わしいと思います。このような期待は、妄想に過ぎません」と、ゲルゲス氏は言う。
今回は違うという可能性はあるし、今回こそ違っていなければならないと主張する人もいる。
8月4日にベイルートの街を吹き飛ばした大規模な爆発は、貯蔵されていた2,750トンの硝酸アンモニウムに引火した事故が発端であることが明らかになっている。問題の薬品は、港湾職員だけでなく政権や司法当局も了承のもと、海辺の倉庫に6年間保存されていた。これによる死者は135人を超え、5,000人超が負傷。いまも多くの人が行方不明となっており、約25万人が住まいを失った。
国民は悲しみにくれるなか、あるひとつの思いを抱くようになった。国の指導者層は犯罪を犯したこと、首都を人の住めない状態に変えてしまったことについて、今度こそ責任を負うべきだと考えたのだ。8月6日、ベイルートの住民らは事故の全貌を把握。当初の動揺は激しい怒りに変わり、各地で抗議運動が勃発した。
大きな被害を受けた通りでは、大破した車両を覆うように積もったがれき片に、「奴らの首を絞首台に吊るして見せしめにしろ」という文字が何者かによって刻まれた。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領が支援を示すためにレバノン入りし、爆発の発生地を訪れ、付近の最も甚大な被害を受けた区域を視察したとき、住民らは鬱積した感情を噴出させた。不安で居ても立っても居られなくなった住民らが、大統領にすぐさま駆け寄り、レバノンが支配者から自由になれるよう力を貸してほしいと懇願したのである。フランスはレバノンの旧宗主国であり、古くから友好関係を続けている。
マクロン大統領は、レバノンの指導者層を支援するために来たのではないと述べ、フランスからのすべての援助が必ず国民に届くようにすると宣言した。さらに、実質的な改革をせずして、深刻化する経済危機を緩和しようとするのであれば、政府には一切の経済援助を行わないと念を押した。
マクロン大統領は、政界の指導者らと会談した後、「レバノンには、新たな政治秩序を確立する必要があります」と述べ、政治体制の全面的な見直しと、全セクターにおける早急な改革を求めた。しかし、崩壊と分断が進むなか、コロナウイルスのパンデミックにより未曽有の財政・経済危機に襲われ、ほとんど破綻している国でどう改革を行うのかという難題については、触れられていない。現時点でのレバノンは、電気の供給やごみの回収、基本的な安全保障と食糧の確保はかろうじてできる状態だ。
国家規模の被害は、ハッサン・ディアブ首相率いる政府がさらに弱体化するには十分だろう。政府は1月に発足して以降、実質的な改革を実行しようとしたものの、政党側には利益の源となる腐敗を終わらせようという意思がないため、悪戦苦闘している。
ディアブ首相は、調査委員会を任命し、数日内に調査結果を提出させると発表した。しかしどのセクターの指導者も、罰を受ける可能性はきわめて低いだろう。その代わりに関係各所が、大規模爆発の責任の所在を押し付け合っている。
保険ブローカー会社を経営するトニー・サワヤ氏は、「15年におよぶ戦争で壊されたものが、ほんの1秒の間に、またも壊されてしまいました」と嘆く。これで何かが変わるとは、ほとんど期待していない。
サワヤ氏は「何も変わりません。いまの状態が続くだけです」としたうえで、腐敗した政治家たちは皆、その支持者と国際社会に支えられていると指摘する。
アラビア語で革命を意味する「サウラ(thawra)」を再び始めようと呼びかける声もあがっている。
ゲルゲス氏によると、大きな鍵となるのは、レバノン国民が力を合わせて奮起し、「もうたくさんだ」と言えるかどうか、つまり新しい選挙制度、新しい政府、新しい統治システムを実現できるかどうかだ。
いずれにしても、とても大きな困難をともなうだろう。
たとえ何年かかろうと、エリート層を追放し、政治体制を変えるまで、長きにわたり大規模な抗議運動を続けていかなければならないと、ゲルゲス氏は主張する。
「このまま死ぬか、戦い抜いて再生を果たすかのどちらかです」と、同氏は言う。
By ZEINA KARAM Associated Press
Translated by t.sato via Conyac