米抗議デモ、人々が警察に求める「アカウンタビリティ」とは?
◆警察に必要なのは「責任追及の体制」
このような事件が次々と起こったため、アメリカ各地で大規模な抗議デモやそれに乗じた略奪などが発生したわけである。人々が求めるのは人種差別撤廃、そしてそれ以前に警察の「アカウンタビリティ」である。アカウンタビリティを日本語で検索すると「説明責任」という言葉が出てくるが、これではいまいちわかりにくい。この場合のアカウンタビリティとは、起こったことをきちんと説明し責任を取る(または追及する)義務を指す。警察による過剰な武力行使が行われても責任の所在がうやむやになりがちなのは、このアカウンタビリティが存在しないせいだ。
これは人種問題に限ったことではなく、ニューヨーク州バッファローでは機動隊に近づいた75歳の白人男性が突き飛ばされて倒れ、ケガをする事件も発生した。この事件では当初、警察側が「男性が滑って転んだ」と説明していた。しかしニューヨーク・デイリーニューズ紙(電子版)によると、この事件もビデオが証拠となり男性を突き飛ばした警官2人が起訴された。同記事によると、アンドリュー・クオモ州知事はこの件について、「警察は職務を果たして公衆の安全を守らなければならないが、不正な行為に関してはアカウンタビリティが必要である」と語っている。
警察に対する風向きが日ごとに強くなるなか、5月28日にケンタッキー州ルイビルでブリオナ・テイラーさん射殺事件に対する抗議デモが行われた。USAトゥデイ紙(電子版)によると、その際、1人になってデモ参加者に囲まれた警官を、市民5人が腕を組んで守ったという。警官を守った市民の1人は、「もし私たちが兄弟(デモにともに参加した人々)に責任を求めて『それは正しい行為ではない』と言えるならば、そこにアカウンタビリティがあるということだ」「私たちが欲しているのはそれだけだ。良い警官たちが、いつもほかの警官たちの責任を見張ることを必要としている」と語っている。
アメリカの警察に対して市民が求めているのは、まさにこの「アカウンタビリティ」だ。不正を隠す体質を改善して、警官同士がお互いの行動を常に見守り、違法行為を犯した警官を適正に処罰する体制を作り上げることができれば、権力の濫用や過剰な武力行使は減少し、市民の信用を取り戻すことが可能なはずだ。
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