「アフリカW杯優勝」論争に学ぶ、移民と多様性への異なる2つのアプローチ

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 7月16日、クロアチアとの決勝戦の結果、フランスが勝利して幕を閉じたサッカーW杯ロシア大会。このフランスの代表メンバー23人のうち15人の選手がアフリカにルーツを持つ移民出身ということで、世界中のアフリカ系がその勝利を「アフリカの勝利」として喜んだ。一方、フランスの視点で見れば、人種や民族を問わず、彼らはあくまで「フランス人」であり、これこそがフランスの「多様性」だという意見がある。スポーツという表層の「共通言語」を足がかりに、いまアイデンティティと複雑性についての議論が交わされている。

◆米国の人気TV司会者トレバー・ノアと駐米仏大使との応酬
 アフリカ大陸からは、日本と同じグループHで戦ったセネガルのほか、チュニジア、ナイジェリア、モロッコ、エジプトの計5ヶ国の代表チームが出場していたが、全チームともグループリーグで敗退した。そのようななか、「決勝トーナメントで、どのチームを応援するか」という議論や、欧州代表におけるアフリカ系選手の活躍などが、アフリカ系メディアを中心に話題になっていた。

 結果、アフリカ系移民が構成員の大半を占めるフランス代表が優勝したことで、アフリカ人やアフリカ系の人々は歓喜した。米国で人気のコメディー番組『デイリー・ショー(Daily Show)』のホストを務める南アフリカ人のトレバー・ノアもその一人で、W杯決勝直後の番組内で、フランスの勝利を報じるいくつかのニュース映像を流したあとで、「アフリカがW杯で勝利した!」と歓喜の言葉を繰り返すというジョークで会場を笑わせた。このわずか1分ほどのセグメントが、ちょっとした政治的なディベートを巻き起こす。

 放送後の18日午後、ジェラール・アロー駐米フランス大使が、この発言の内容を受けて、ノアに対する公式書簡にて批判を表明し、大使館の公式ツイッターアカウントにもその全文を公開した

「『アフリカの勝利』というあなたの発言は、完全に間違っています」と大使は主張。23人の選手のうち、2人を除く全員がフランス生まれのフランス人だとし、「フランス代表選手の多様性に富んだ生い立ちは、フランスの多様性を反映したものです」と表明した。

 この批判に対するノアの論点は3つある。1つ目は、フランス人であることとアフリカ人であることは排他的ではないという点。「なぜ選ばれた集団しか、二重性を享受できないのか」と疑問を呈した。2つ目に、欧米メディアは失業など都合の悪いニュース報道では、アフリカ系移民のアフリカ人の側面を強調し、W杯優勝のような良いニュース報道の場合は、フランス人の側面を強調するという、偏見があるようだという考察を述べた。そして3つ目に、「誰の発言か」を含めた文脈こそが全てであり、南アフリカ出身の黒人である自分の意見の正当性を説明した。多様な選手の生い立ちは、「多様性」ではなく植民地時代の反映であるといった皮肉的な反論も加えた。

◆「Daily Show」とトレバー・ノアという文脈
 ノアも指摘しているように、文脈を理解することが重要だ。日本での知名度はそこまで高くはないが、この「Daily Show」はコメディー番組ではあるが、月〜木曜日までの週4回、日々の政治や時事ニュースを扱ったネタで、米国内外のインテリ層の若者に強い影響力を持つ25分間の番組だ。1996年に開始した番組は、1999年から2015年までホストを務めたジョン・スチュアートが政治風刺に特化した現在のスタイルを確立し、長寿番組として過去24回、エミー賞を受賞している。2015年、大人気のスチュアートの後任として大抜擢されたのが、当時米国ではほぼ無名に近かった南アフリカ出身のスタンドアップコメディアンのノアだ。

 ノアは、アパルトヘイト政策の只中、黒人の母親と白人の父親の間に生まれた混血(カラード)の南アフリカ人で、一言では説明できない複雑な生い立ちを経ている(詳細は、和訳本も出版されている、ノア著書「生まれたことが犯罪! ?(Born a Crime)」を参照されたい)。

「Daily Show」では、スチュアートの政治風刺のネタやスタイルを継承しつつ、これまでも様々な形で「アフリカの視点」や黒人や人種問題に対して、彼だからこそ発言できるネタで、観衆や世間に新しい視座や複雑性を理解するためのきっかけを提供してきた。トランプ大統領をアフリカの独裁政権の大統領たちに例えるといったようなネタは、ノアならではだ。こうした流れがあったからこそ、今回のW杯のフランス優勝を機にしたジョークも、ノアならではといえる正当性を持つ。

◆リベラル民主主義の衝突:2つの考え方
 米国ニュース解説の専門メディア『VOX』の記事は、ノアと仏大使との議論の焦点は、リベラル民主主義と社会の多様性の受け入れに関する両者のアプローチの違いにあると説明する。人種のるつぼとも言われるように、米国では、例えば「日系アメリカ人」のように、個々のルーツや人種のアイデンティティを尊重することを、多様性の根源として重んじてきた。一方、フランスは、徹底した同化主義で、移民をフランス人化することで、人種差別の課題に対応してきたのだ。「カラーブラインド」のアプローチだ。

 国や国境そのものが、政治的人工物であるため、「何を持って国がまとまるのか」に関しての一つの解はない。同じW杯サッカーでは、トルコ系移民のドイツ代表メスト・エジル(Mesut Özil)選手が、W杯直前に、独裁者として欧米に非難されているトルコのエルドアン大統領と面会、自身のユニフォームをプレゼントして写真を撮影したことで国内外から非難を浴び、最終的にはドイツ代表の引退を表明している。

 日本でも相撲などの競技で「◯◯年ぶりに日本人力士優勝」などということがニュースになることがある。日本の移民政策や外国人に対する姿勢は、どちらかというと、フランスの同化政策に近いのではないだろうか。しかし、こうした人種や多様性、移民に関する議論が活発になること自体、欧米に比べて限られていることが、そもそも大きな課題といえるだろう。

Text by MAKI NAKATA