聖職者による性的虐待から子供を守る……いまだ指針を持たないバチカン
ローマ教皇フランシスコは、チリで急増している性的虐待に対処するための措置を講じてきたが、ごく身近にある問題についてはなかなか進捗しない。バチカン市国では、小児性愛者の聖職者から子どもたちを守り、また虐待が疑われる場合の警察への通報を義務付ける指針がないのである。
7年前、バチカンは世界中の全ての司教協議会に対し、虐待を防ぐこと、被害者を救済すること、犯罪者を罰し、小児性愛者から聖職をはく奪することを目指したガイドラインを文書にまとめるよう命じた。その後今に至るまで、カトリック教会本部にはそのような指針はない。
ローマ教皇庁が5年前に国際連合に報告したことによると、バチカン市国内の44エーカー(訳者注:約54,000坪)の土地を、子どもたちの「安全な生活環境プログラム」のために開発中であるとのことであった。一方で、フランシスコ教皇による虐待への「zero tolerance(例外を認めない)」誓約は、しばしば繰り返されるばかりで、そのギャップは驚くほど大きい。
公約された子どもの擁護ガイドラインについて尋ねると、バチカン市国行政事務局のフェルンド・ベルジェス神父事務局長はAP通信に対し、「その事案については調査と検証がいまだ進行中であるため」回答できない、と回答した。
2013年、フランシスコ教皇はバチカン市国の法典を改正し、子どもへの性的虐待を処罰の対象とした。そしてつい先月、バチカン市国裁判所は元外交官に対し、児童ポルノ所有および販売について有罪判決を下した。
新しい法案に加えて、文書での指針や安全な生活環境プログラムは、ほんの一握りの子どもしか暮らしていないバチカン市国においては不要であると言う者もいるかもしれない。
しかし、実際に毎日何千人もの子どもたちがバチカンの城壁を通り抜け、バチカン美術館を観光し、教皇謁見やミサに参列し、サンピエトロ広場や大聖堂を訪れているのだ。
バチカン市国当局が指針を作り上げるためのヒントは、当局の身近なところにあるだろう。ローマ教皇自ら任命した性的虐待防止諮問委員会である「未成年者保護のための教皇委員会」は、そのようなガイドラインのための枠組みをバチカンのウェブサイトに載せている。
明確な指針が欠如していることは、昨年末頃に発覚した事件により明らかになった。2012年、バチカンの青年神学校に通う10代の神学生は、ルームメイトが上級生から性的いやがらせを受けていると訴えた。
その結果、得るものは何もなかった。その領土の管轄権を担うバチカン警察は、捜査の依頼を受けることもなかった。ローマ教皇フランシスコ総代理兼サンピエトロ大聖堂首座司教を務めるアンジェロ・コマストリ枢機卿を含む司教たちは、調査を行ったと話したが、被害者とされている人に話を聞いた人は誰もいなかった。
告訴された神学生は昨年司祭に任命されたが、一方で告訴した生徒、カミル・ジャルゼンボウスキは即座に神学校から追放された。
AP通信によると、被害者はその後正式な告訴状をバチカン刑事裁判所に提出した。そしてイタリアの教会当局は、新米の司祭について正統な捜査を開始したとのことである。
昨年、イタリア人記者のガエターノ・ペコラーロとジャンルイージ・ヌッツィがこの不祥事を暴露したことで事態が進展し、バチカンは捜査を再開することになった。報道によると、ジャルゼンボウスキが訴えた内容については、彼が何年にもわたり、教会当局やバチカン当局者、そしてローマ教皇に送ってきた全ての書簡を含め、明らかになった。
「私が書簡を送り続けたあの数年間、返答はたった一度たりともありませんでした」ジャルゼンボウスキはAP通信に語った。「私は本当につらかったです。沈黙というのは、つらい時には本物の武器のように人を傷つけることができるのです。告発しても、誰も取り合おうとしないのですから」
教会の当局者たちはジャルゼンボウスキの告発を、神学校を退学させられたことで憤慨し、表沙汰にしたことだと、軽視していた。ジャルゼンボウスキは本当につらい状況にいた。このポーランド人学生は、住む場所と最終学年を終えるための新しい高校を急きょ探さなくてはならなかったのだ。
問題の神学校は、フランシスコ教皇が住むバチカンのホテルよりわずか数歩の場所にある邸宅の中にあった。12歳から18歳までの12名ほどの少年たちの住居でもあり、彼らは教皇がミサを執り行う際の侍者として仕えている。
ジャルゼンボウスキによると、ルームメイトへの上級生からの性的いやがらせは、双方がまだ未成年の時に始まり、上級生が18歳になった後も続いていた。
捜査の状況は明白ではない。この神学校を管理し、正統な捜査を行っているコモ司教区に電話をしてもメールを送っても、回答はない。バチカンの広報担当者にコメントを依頼したが、数回断られている。
ジャルゼンボウスキによる当初の告発に対して本格的な捜査が行われなかったことで、虐待に関する申し立てについて対応すべき指針がないことが、どのような影響をもたらすのか露呈された。
「ローマ教皇庁が、自身の裏庭にいる一握りの子どもたちを擁護する気がないのに、世界中にいる数百万人もの子供たちを一体どうやって守ることができるのか」オンラインでのデータベース研究を行うBishopAccountability.org (司教の説明責任.org)のアン・バレット・ドイルは疑問を呈する。「虐待問題に関しては沈黙を貫くというカトリック教会の手法は小さいが効果的だ。世界の関心が薄れると、放棄したり忘れたりするような公約をしている」
公約は5年前に交わされた。バチカンが、世界的な性的虐待スキャンダルに対処した自らの取り組みを主張するため、国連子どもの権利委員会に出席した時である。
ローマ教皇庁は、国連子どもの権利協議会は「地域的な」性質であり、加えて、バチカン市国以外での実行について教皇庁はとうてい責任を負うことはできないと異議を唱えた。とはいえ、バチカン内部では、子どもを擁護するための幅広い対策を講じていると国連に報告した。
当然のことではあるが、国連委員会はバチカンの主張を却下し、バチカン領域内だけでなく世界的に子どもを擁護するべく、取り組みを実行するよう強く要請した。
「我々は、バチカン市国内に限定するというような、実行に対する狭い理解には同意しない」と、当時のキルスティン・サンドバーグ国連委員会委員長は述べた。
2013年の新法制定以降の進展について、バチカンは昨年9月に委員会に報告を返すことになっていた。このような期日に遅れる国は割と多い、とサンドバーグは話すが、2013年にローマ教皇庁が最終的に回答書を提出した時にはすでに14年遅れていた。
次回のローマ教皇庁の報告には、組織内での捜査に限定するのではなく、警察との協力を求めるという勧告書の核心部分について追求されていることを期待している、とサンドバーグは述べた。
「彼らは事件を司法当局に委ねるべきなのだ」
By ERRIN HAINES WHACK, AP National Writer
Translated by Mana Ishizuki