韓国地裁、三菱重工に賠償命令 韓国外務省「請求権なし」と意見書提出も

 太平洋戦争末期に女子挺身隊員として名古屋市の軍需工場に徴用された韓国人女性と遺族らが三菱重工業を相手取って賠償を求めた裁判で、韓国の光州地裁は8日と11日に、無償労働を強要されたとする原告の主張を認め、三菱重工にそれぞれ1億~1億5000万ウォンの慰謝料の支払いを命じる判決を言い渡した。三菱重工は控訴する方針。「歴史問題は、同盟国として北朝鮮の核の脅威に直面する今もなお、日韓両国を分断している」(AFP)などと、海外メディアも日韓双方の主張を交えて報じている。

◆原告に請求権はあるのか?韓国内でも意見分かれる
 判決などによれば、キム・ヨンオクさん(84)ら原告計6人は、小学校を卒業して間もない1944年5月ごろ、三菱重工名古屋航空機製作所に強制徴用され、無賃金で働かされた。中には、同年12月の東南海地震で亡くなった人もいた。原告らは、「日本に行けば、お金を稼ぐことができ、勉強も無料でできる」という言葉を信じて日本に渡ったが、実際は厳重な監視下で働かされ、給与ももらえなかったと訴えていた。

 日本政府の立場は、戦時徴用への賠償は、1965年の日韓国交正常化に伴う「日韓請求権・経済協定」で、完全に解決済みだというものだ。菅義偉官房長官は、8日の判決を受けた9日の記者会見で、「日韓間の財産請求権の問題は日韓請求権・経済協力協定により完全に最終的に解決済みである」「韓国政府のさまざまなレベルに対して外交ルートを通じて申し入れを行ってきている。今後もしっかり対応したい」と述べている(産経ニュース)。

 日本側とすれば、慰安婦問題と同じく、解決済みの問題を蒸し返され、両国政府間の合意を反故にされた形だ。ただ、中央日報など韓国メディアの報道によれば、韓国外交部(外務省)は、菅官房長官が語った日本側の「申し入れ」を受ける形で、昨年11月に、戦時中の徴用者に「賃金の請求権はない」とする意見書を裁判所に提出していたという。つまり、裁判所は、政府の見解に逆らった判決に踏み切ったと言える。日韓問題に詳しい島田洋一・福井県立大学教授は、ドイツメディア「ドイチェ・ヴェレ」(DW)に、「韓国社会の中で、日本と協力したい人たちとあらゆる種類の協力に反対する人々の間で、内部対立があると私は見ている」と語っている。戦時中の賠償問題では「反日」で凝り固まっていると見られがちな韓国社会も、一枚岩ではないということだろうか。

◆「お金」ではなく「心」の問題?
 AFPは、今回の判決を報じる記事で、日韓併合時代を「朝鮮半島は、1910-45年、日本の植民地支配下にあった。その当時、朝鮮人は学校で自国の言葉を話すことを禁じられ、日本名を名乗ることを強制されていた」と表現する。戦時徴用についても、「何万人もの朝鮮人が前線部隊に、奴隷労働に、慰安婦として知られる性奴隷に強制徴用された」と、韓国側の主張に寄った説明をしている。

 一方、DWは「議論を呼ぶ」判決だと、日韓双方の主張を併記している。そのうえで、日本の保守派の論客として前出の島田教授に、原告側の代弁者としてラ・ジョンイル元駐日韓国大使にインタビューしている。島田教授は、「理不尽な判決」だと韓国の裁判所の恣意的なスタンスを批判。同時に、日本の外務省の無策ぶりも批判している。「一連の訴訟のターゲットになっている企業は外務省に指針とアドバイスを求めたが、その回答は『外務省としては何もできない。自分たちで対処せよ』というものだった」と同教授は憤りを込めて言う。

 ラ元大使は、賠償請求の目的はお金のためではなく、名誉回復という「象徴的」なものだと語る。「彼女らは、ひどく不公正な扱いを受けたと感じており、何もせずにこの問題をやり過ごすことができないのだ」とDWに解説する。そして、「私は、彼女らが日本政府や企業から何らかのものを得ることに対しては、楽観視してはいない。これは、『深刻な不公正感』という心情の表明の問題なのだ」と、訴訟を起こして世に自分たちが受けた扱いを問うこと自体が、原告らの心の救いになっているという見方を示している。

◆映画『軍艦島』公開中の判決
 韓国では今、戦時中の強制徴用をテーマにした映画『軍艦島』が大ヒットしている。長崎県の通称「軍艦島」で強制労働させられている朝鮮人たちが、決死の脱出を試みるという内容だ。各メディアもこの映画の公開について触れており、今回の判決は、「強制労働」を巡る反日感情が渦巻く中で出されたものだとも言える。

『軍艦島』はあくまでフィクションだとはいえ、内容があまりにも史実とかけ離れているという批判もある。産経ニュースは、今回の判決を「国際法無視の不当判決だ」とするオピニオン記事の中で、『軍艦島』のPR映像について、次のように批判する。「長崎市の軍艦島を舞台にした韓国映画をめぐり、『軍艦島は地獄島』などとうたった広告映像で使われた写真が、朝鮮人徴用工でなく、日本人であるなど誤りが見つかった。映画をつくるのは勝手だが、事実を歪曲(わいきょく)してはならない。印象が強い映像や写真では、なおさらである」

 同記事は、戦時徴用は法令に基づいて行われた勤労動員であり、「強制労働」とする韓国側の主張そのものが誤りだと指摘する。未払い賃金や被害補償も、日韓請求権・経済協定で日本が供与した無償3億ドルの中から韓国政府が原告らに支払うべきであり、「解決する責任は韓国政府にある」としている。一方、韓国・中央日報は、「反人道的不法行為の賠償請求権は協定と関係ない」という国務総理室傘下の「官民共同委員会」の公式見解を紹介。韓国の最高裁判所に相当する大法院が2012年に出した「1965年の韓日協定とは関係なく強制徴用被害者の請求権は消滅していない」という判決を支持する立場を取っている。

Text by 内村 浩介