接種理論:誤情報を利用して誤情報に対する免疫をつけよう
著:John Cook (ジョージ・メイソン大学 Research Assistant Professor, Center for Climate Change Communication)
誤情報を研究している心理学者として私は誤情報の影響の軽減に重点的に取り組んでいる。基本的に、私の目標は自らの職をなくすことだ。
近年の情勢は、私が誤情報の研究に関して大した仕事をしてこなかったことを示している。誤報、偽ニュース、そして「オルタナティブ・ファクト」はかつてないほど顕著になっている。2016年、オックスフォード英語辞典は1年を象徴する言葉として「Post-Truth(ポスト真実)」を選んだ。科学と科学的根拠は攻撃を受けているのだ。
幸いにも、科学は科学自体を保護する手段をもっており、それは「接種理論」として知られる心理学研究の一分野から派生している。接種理論とはワクチン理論を借用した考え方で、あらかじめマイナス要因をわずかに与えておくことで深刻なケースへの耐性をつけるというものだ。私は最近発表した研究の中で、人々に多少弱めた形の誤情報に触れてもらい、実際の誤情報に対する耐性をつけさせることを試み、有望な結果が得られた。
◆偽情報がもたらす二重のダメージ
偽情報は瞬く間に生まれ、広がっていく。気候変動科学に対する議論と気候変動対策に対する政策論争を比較した近年の研究によると、科学否定が相対的に増加していることが明らかになった。そして、近年の研究は、この種の取り組みが人々の認識と科学リテラシーに影響を与えていることを示している。
心理学研究者サンダー・ヴァン・デル・リンデン氏らによる最近の研究で気候変動に関する誤情報が気候変動に関する一般的な認識に非常に大きな影響を与えていることが明らかになった。
実験に用いられた偽情報は2016年中最も共有された気候変動に関する記事だった。これは「地球温暖化請願プロジェクト」として知られている請願で、理学士以上の学位をもつ3万1000人が気候変動は人為的なものではないとする声明に署名した。このたった一本の記事が読者の気候変動に関する科学的コンセンサスの認識を低下させたのだ。気候変動に関する科学的コンセンサスが存在していることを人々が受け入れる程度は研究者が「ゲートウェイ信念(Gateway Belief)」と呼ぶもので、これが気候変動対策などの気候変動に関する態度に影響している。
ヴァン・デル・リンデン氏が米国で研究を行なっているのと同じ頃、私はオーストラリアで誤情報の影響に関する私自身の研究を行なっていた。偶然にも、私も「地球温暖化請願プロジェクト」のテキストそのままを取り上げて、同じ都市伝説を利用したのだった。誤情報を示した後で人々にどの程度人為的地球温暖化が科学界で受け入れられているかを推測してもらい効果を測定した。
そして私も同様の結果を得た。誤情報は人々の科学的コンセンサスの認識を低下させた。また、一部の人は他の人よりも誤情報の影響を強く受けた。政治的に保守的であればあるほど、偽情報の影響が大きかった。
この結果は、人は情報の正誤にかかわらずメッセージを既存の信念に基づいて解釈するという他の研究結果と一致している。人は自分が好むものを見る時、それが真実であると考え信念を固める傾向がある。反対に自分の信念と対立する情報に出くわすとその情報源を信用しない傾向が強い。
ただし、上述の話にはそれ以上の意味がある。偽情報には、偽情報を流す人々を超えて、さらに陰湿で危険な影響があるのだ。ヴァン・デル・リンデン氏の研究で、気候変動に関する事実と偽情報の両方が示された時に人々の信念に正味の変化はなかった。2つの対立する情報は互いに相殺されたのだ。
事実と「オルタナティブ・ファクト」の関係は物質と反物質のそれに似ている。物質と反物質が衝突すると熱が発生した後で消滅する。このことは偽情報がかすかにもたらす被害を示している。それは単なる偽情報ではない。人々が事実を信じることをやめてしまうのだ。ガルリ・カスパロフ氏が雄弁に述べた通り「偽情報は真実を滅ぼす」のだ。
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◆科学否定に対する科学の回答
科学に対する攻撃はなかなか手ごわく、この研究が示しているように効果てきめんだ。然り、科学は科学否定に対する回答を有している。
接種理論は弱いウイルスにさらして本物のウイルスに対する耐性をつけるという予防接種の概念を取り入れ、それを知識に適用している。そして半世紀にわたる研究により、「多少の誤情報」にさらされることが実際の誤情報に左右されない耐性をつけるのに役立つことが分かっている。
テキストに接種理論を応用するには2つの要素が必要だ。1つ目は、誤情報によって判断を誤る危険に関する明示的な警告が含まれていること、2つ目は、その誤情報の間違いを説明した反論を提供することだ。
ヴァン・デル・リンデン氏の接種理論では、多くの署名が偽物であること(例えば、スパイスガールまで署名者として誤って記載されていた)、また、3万1000人は、1970年以降の米国の大学理学部卒業生はほんの一部(0.3パーセント未満)にしか過ぎないこと、署名者の1パーセント未満しか気候変動に関する専門性を持っていないことを指摘した。
最近発表した研究の中で私も接種理論を実験したが、別のアプローチを用いた。例の請願プロジェクトを用いて参加者に接種理論の実験を行なう際、そのことには全く触れなかった。その代わりに、一般人に対して専門家であるかのような印象を与えるが実際には関連する専門知識をもっていない「にせの専門家」について話した。
私は誤情報のテクニックを説明することにより、誤情報の内容を具体的に説明しなくても誤情報の影響が完全に無効になることを発見した。例えば、過去、にせの専門家が誤情報のキャンペーンにどのように利用されたかを説明した後、参加者は請願プロジェクトのにせの専門家によって誤情報を突きつけられても惑わされなかった。さらには政治的立場を超えて、誤情報が無効化された。保守派も改革派も、人々を欺くテクニックに騙されなかった。
◆接種理論を実践に移そう
接種理論は強力で汎用的な形式のサイエンス・コミュニケーションであり、様々な方法で利用できる。私のアプローチは接種理論で発見したことを認知心理学にかみ合わせて偽りを暴き、事実‐都市伝説‐誤謬の枠組みを発展させるというものだ。
この戦略では事実の説明があり、その後、その事実に関連する都市伝説の紹介がある。この時点で、人々に相反する2つの情報が提供されているのである。この衝突を解消するために、事実を歪めるのに用いられている都市伝説のテクニックを説明するのだ。
我々はこのアプローチを気候変動に関する誤情報の無料オンラインコース「気候科学否定を理解する」で大規模に使用した。毎回の講義には事実‐都市伝説‐誤謬の構造を採用した。1つの気候に関する事実から始めて、関連する都市伝説を紹介し、続けて都市伝説で用いられる否定理論を説明した。こうして、気候変動の主要な要因について説明しながら、学生に気候変動に関する最も一般的な50の都市伝説に対する「接種」を実行した。
例えば、地球温暖化特有のパターンが気候変動に多く観察されることから、我々は地球温暖化が人為的なものであることを知っている。言い換えれば、地球上のあらゆる気候変動が人為的なものであることが認められるのである。しかし、人類が誕生する以前にも自然による気候変動が見られたのであるから、現在起こっている気候変動も自然によるものであると主張する都市伝説がある。この都市伝説は結論を急ぐという誤り(不合理な推論)を犯しており、前提と結論がつながっていない。それは背中にナイフが刺さっている死体を発見して、昔から人は自然に死を迎えてきたのだから、この死も自然死であると主張するようなものだ。
結局、科学否定を止める鍵は、人々をほんの少し科学否定にさらすことなのだということが分かる。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by サンチェスユミエ
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