日本の軽自動車が米国へ、実現の可能性は? トランプ号令、現地はどう見たか
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アメリカのトランプ大統領が、日本の軽自動車に近い超小型車をアメリカで作れるようにする、と突然言い出した。発端は燃費規制の緩和策を発表した3日(現地時間)の会見で、トランプ氏が訪日中に見た小型車を「とても小さくて、ほんとにかわいい」「昔のビートルみたいだ」と称賛し、「アメリカでは規制で作れないらしい。すぐ認めさせる」と語った場面だとされる。
その2日後の5日、SNS「トゥルースソーシャル」に「アメリカでTINY CARS(タイニー・カー)を作ることを承認した。これらはガソリンでも電気でもハイブリッドでも走る、安くて安全で燃費のよいごく近い未来の車だ。今すぐ作り始めろ」といった趣旨の投稿を行い、司法省や運輸省、環境当局に対し、規制上の障害を取り除くよう求めたと報じられている。
ただ、トランプ氏が言う「タイニー・カー」は日本の「軽」という制度名を直接使ったものではなく、軽や軽トラックを含む超小型車一般を指す言い回しだ。以下では、現地の反応と、実現に立ちはだかる制度・経済のハードルを整理する。
◆現地はどう見たか
トランプ発言は、車好きの間ではまず「面白い」という空気で受け止められた。米自動車専門誌「ロード・アンド・トラック」は、会見中に運輸長官ショーン・ダフィーが驚いた表情を見せたと描写しつつ、低価格車の復活を掲げる流れの中で“軽サイズの車”が話題に浮上したこと自体がニュースだと伝えた。
実際、超小型の日本車にはアメリカにもファン層がいる。アメリカでは製造から25年以上たった中古車なら安全基準の例外扱いで輸入できる「25年ルール」があり、これを使って軽を持ち込む人が増えている。昨年は推計7500台が輸入され、趣味だけでなく「街の足」「作業用の安い道具」として使う例も出てきたという。報道では、ロンアイランドの鉄工職人が約5500ドルで軽トラックを輸入し、「これほど実用的な車はない」と語り、輸入仲間の相談にも乗るコミュニティを作っている様子が紹介された。
一方、主流の世論は冷静だ。米自動車専門誌「カー・アンド・ドライバー」は「もし作っても買い手が来るのか」という疑問を前面に出し、アメリカ市場から小型車が消えていった過去を引く。ホンダ・フィット、フォード・フィエスタ、シボレー・スパーク、スマート・フォーツー、サイオンiQなど、軽より大きい小型車ですら需要不足で撤退した以上、軽サイズが大衆車として広がる確率は低いという論法だ。
安全面の直感的な不安も繰り返し語られる。ニュースサイト『アクシオス』は、軽がホンダ・フィットより約60センチ短く約30センチ狭いほど小さいとした上で、キャデラック・エスカレードのような大型SUVに追い立てられながら高速に合流する光景を想像してみてほしい、と書く。衝突事故では「勝ち目がない」という感覚が、アメリカ人の本音に近い。
まとめると現地の胸中は、「かわいいし安いなら欲しい」という好奇心と、「でも日常の足には怖いし売れないだろう」という冷めた現実感の同居だ。
◆実現の可能性は?
実現性を左右するのは制度と経済の2枚壁である。
日本の軽は独立した小型カテゴリーだが、アメリカの連邦自動車安全基準(FMVSS)に対応枠がない。そのため新車として売るなら通常の乗用車と同じ安全要件に適合する必要がある。多くの軽は現行基準にそのまま適合しない可能性が高い。
軽を新車で普及させるには、次のどれかが必要になる。
1. 議会が安全法(1966年制定)を改正し、超小型車の新カテゴリーを作る
2. NHTSA(高速道路交通安全局)がFMVSSに新しい枠を規則制定手続き(ルールメーキング)で設ける
3. 限定的な安全基準免除枠で試験導入する
ただし議会改正は起きにくいとされる。NHTSAのルール作りもパブリックコメントなどを伴い、数カ月から年単位に及ぶ可能性がある。免除枠は上限2500台規模で、実験車向けの制度であり「普及」とは別物になる。さらに連邦が動いても、州が登録や高速道路走行を認めなければ公道で使えない。州法のパッチワークをそろえる作業も不可欠だ。
◆経済と物理の壁
仮に制度が動いても、軽の利点が保てるかは別問題だ。軽がFMVSSに合うよう再設計する場合、車体補強やクラッシャブルゾーン拡大、装備の追加が避けられず、軽さと低価格を支える前提そのものが崩れる。投資でコストが上がれば「安い車不足」の解決策にならない。
加えてメーカーの採算問題が重なる。GMやフォードが小型車生産を海外に移したのは、アメリカで小型車を利益を出して作れなかったからだ、という指摘がある。トランプ政権が「国内生産」を条件にする以上、新ライン投資を回収できるほどの需要がなければ、大手が前のめりになる理由は乏しい。実際、各メーカーは生産意向を問われても慎重な反応に終始している。
トランプ氏の号令は、アメリカで新車価格が平均5万ドルを超える中、低価格車への渇望をすくい上げる政治メッセージとしては分かりやすい。ただ現地メディアの総論は、「愛好家向けのニッチは拡大しても、制度と市場を丸ごと作り替えない限り“軽がアメリカの大衆車になる未来”は遠い」という距離感に収れんしている。




