フランスはバゲットから“卒業”するのか 台頭するネオ・ブーランジェリーと変わる食文化

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 バゲットは、ユネスコ無形文化遺産にも登録されているフランスが誇るパンだが、近年その消費が減っている。インフレや生活様式の変化が影響していると見られており、毎日パン屋でバゲットを買うという昔ながらの習慣も失われつつあるという。

◆今や1日半分以下……バゲット離れ進む
 フランス国家最優秀職人協会(MOF)のまとめによると、フランスで売られるバゲットは毎日約2700万本で、年間100億本に上る。フランス人の98%がバゲットは日常的な食習慣の一部と認識しているというが、実は消費は減少傾向を示している。

 第二次世界大戦直後には、平均的なフランス人は1日あたり約700グラムのパンを食べていたとされる。しかし、フランス製パン業者連盟(FEB)が2021年に実施した調査によると、フランス人は平日に1日あたり平均105グラムのパンを消費しており、2015年の114グラムから減少している。この数値は、標準サイズのバゲット(約250グラム)の半分弱に相当する。バゲットは2022年にユネスコの世界無形文化遺産に登録されたものの、消費の減少を食い止める効果はほとんどなさそうだという。

◆高いだけじゃない 生活習慣も変化
 バゲットの消費量が減少したのは、いくつかの理由による。まず挙げられるのが、物価高だ。バゲットの価格は、1987年まで国が固定し、当時の価格は0.19ユーロ(約34円)だった。しかしパンデミック後のインフレで、平均価格は1ユーロ(約179円)を超えた。パリでは1.2ユーロ(約215円)に達しており、消費者の不満は高まっている。(英タイムズ紙

 生活習慣の変化も影響している。フランスのパン・菓子職人の業界団体CNBPFが2023年に実施した1000人対象の調査では、回答者の36%が、過去5年間でパンの消費を減らしたと答えた。かつては地元のパン屋へ毎日バゲットを買いに行くのは儀式的行為だったというが、自炊をあまりせずファーストフードなどの外食に傾く若い世代では、バゲット買い出しの頻度が減っているという。

 一方、フランスの製パン企業の業界団体であるフランス製パン企業連盟(FEB)が2021年に実施した調査では、フランス人の86%がパンドミ(主に工業的に製造されるスライス済みの食パン)を消費しているという結果も出ている。また、安い材料で大量生産する、スーパーマーケットの激安バゲットが市場に参入。タイムズ紙によれば、高い人件費、急騰する電気料金に苦しむ伝統的パン屋は不公平な競争にさらされており、廃業が増えているという。

◆地球にやさしい選択? バゲットのないパン屋も
 パン屋のなかにも、注目すべき動きがある。近年、「ネオ・ブーランジェリー」という新世代のパン屋が台頭。昔からある穀物や有機小麦を使って長時間発酵させたサワードウなどのパンを作り、バゲットをほとんど、あるいはまったく販売しない店が現れた。ある「ネオ・ブーランジェリー」の店主は、バゲットはエネルギー集約型で栄養価が低く、賞味期限が短いうえ、過剰な食品廃棄につながると説明している(CNN)。

 事実、伝統的バゲットは添加物が少なくすぐ固くなるため、フランスの家庭ではパンの廃棄が問題になっている。食品廃棄防止アプリ「Too Good To Go」の2025年の調査では、フランス人の10人に6人以上がパンを捨てていると答え、そのうち約4割は「毎月バゲット半分以上を捨てている」とも回答している。

 バゲットがフランスで一般的になったのは20世紀だとされる。焼き時間が短いことでパリのブルジョア階級に人気となり、焼き立てを味わう習慣が広がったという。そもそもフランスでは「パン・オ・ガルド」と呼ばれる保存の効くパンが古くから作られており、「ネオ・ブーランジェリー」の取り組みは過去の伝統への回帰とも言える。

 もっとも、消費は減っても、バゲットが消えるということはなさそうだ。実際に実家に帰ると若者は伝統的なバゲットを喜んで食べているというし、バゲットサンドやお菓子風に仕上げたバゲットなどは人気が高く、単品の販売の落ち込みを補っているという。有名店「エリック・カイザー」のパン職人、エリック・カイザーは、パン屋は常に危機を経験してきたとし、適応することがパン文化を前進させる原動力だと説明している(CNN)。

Text by 山川 真智子