「高価値、少人数」目指すブータンの観光戦略 オーバーツーリズムにならない観光立国へ

チベット仏教にまつわる祭りが毎月どこかで行われている

 手つかずの自然、豊かな文化や伝統遺産に触れる、「High Value, Low Volume(高価値かつ少人数観光)」というアプローチで観光客を迎え入れてきたブータン。オーバーツーリズムを避け、旅のクオリティを保つために、さまざまな制約を行ってきた。ブータンの観光業もコロナ禍で打撃を受けたが、新たなツーリスト誘致策が打ち出された。京都をはじめとするオーバーツーリズムに悩む日本も参考にしたい持続可能な観光とは?

◆持続可能なアプローチで観光客を迎え入れる
 ヒマラヤ山脈南麓(なんろく)に位置する仏教王国、ブータン。この国のイメージは、今も「秘境」である。まるで定冠詞のごとく、セットで使われてきた「秘境ブータン」。

 というのも、1972年まで鎖国政策をとっており、長きにわたり内情をうかがい知ることが不可能だったからだ。ブータン固有の社会や文化を守るため、さらには影響力のある隣国、中国やインドに対し自らのアイデンティティを維持するため、他国とは隔絶する道を選び、ある意味自己完結を貫いた国だった。

 海外からの旅行者を受け入れたのは 1974 年からだが、誰にでも広く門戸を開いたわけではない。手つかずの自然、豊かな文化や伝統遺産に触れる、「High Value, Low Volume(高価値かつ少人数観光)」という持続可能なアプローチで観光客を迎え入れている。

ブータンの入り口、パロ国際空港。民族衣装のガイドが迎えてくれる

 ブータンは、これまでオーバーツーリズムを避け、旅のクオリティを保つため、さまざまな制約を行ってきた。旅程のすべては現地または日本のブータン専門旅行会社を通じて手配しなければならず、宿泊費、移動費、ガイド料、食事代、各種入場料、税金などほぼすべてを含んだ「公定料金」が設定されていた。時期によって異なるが、大人1人1日あたり200〜250ドル程度を支払い、ホテルのランクによりプラスの料金が派生する、というシステムだった。

◆富裕層に向けてより長期の滞在を促す仕掛け
 ところが、コロナ禍を経て2023年9月~2027年8月末まで期間限定で、この公定料金が廃止され、観光税SDF(持続可能な開発料)を65ドルから200ドルに引き上げた。ホテルやガイド、食費などは、個別に支払うことになり、外国人旅行客にとって旅行にかかる費用は2倍以上にも増える。また、コロナ禍を経て観光客が激減したブータンでは、長期間の滞在を促すようなツーリストの受け入れ方を模索している。

 そうした事情もあり、クオリティの高い旅を実現させるべく、富裕層向け高級リゾートを積極的に招き入れている。たとえば、90年代前半の創業以来、自然派ラグジュアリーリゾートの先駆者として知られている「シックスセンシズ」である。

 サステナブルという言葉が流布する前から、すべての仕様が持続可能なスタイルになっており、とりわけ、ブータンの国としての価値観を共有する施設だ。使い捨てのペットボトルやアメニティグッズは一切ない。ホテルのアクティビティも自然との共生である。

ブータンの自然に溶け込むデザインの「シックスセンシズ プナカ」

◆ウェルネスを考慮して生み出されたリトリート
 たとえば、宿泊時に体験したのは、ブータンでしか味わえない、地の利を生かしたリトリートだ。

 「ホテルの裏山を軽くトレッキングしましょう」とガイドに誘われて2700メートルの山を登る。山頂を取り囲むのは、360度ヒマラヤの山々が連なる絶景だ。到達した地にしつらえられていたのは、サプライズのアフタヌーンティー。ブータンのお菓子やマサラ茶がセッティングされ、バラの花までが出迎えてくれる。自然とともにウェルネスを考慮して生み出された「シックスセンシズ」ならではの極上のエンターテインメントだ。

 エコツーリズムをベースに持続可能な旅行を喚起するブータンの観光政策。観光客の数より、環境、文化、人々の幸福を優先するブータンの観光政策に学ぶことは多い。

Text by Miki D'Angelo Yamashita