世界のゲームの中心地を目指すサウジ、巨額を投資 一部ファンからは拒否反応も
サッカーのスーパースター選手が移籍したことで知られ、プロゴルフツアーをアメリカと共同で所有するサウジアラビアは、市場規模が1800億ドル(約26兆円)もあるとされる世界的な娯楽、テレビゲームに並々ならぬ意欲を示している。
サウジの政府系ファンド「PIF」は昨年9月、2030年までに同国をゲームとeスポーツの「究極のグローバルハブ」にすることを目的として、新設された複合企業に約400億ドルの資金を確保した。2月には同ファンドが任天堂に出資して最大の外部投資家になったほか、7月には賞金総額4500万ドルを誇る大規模なゲームトーナメントを開催した。
こうした取り組みによりサウジの存在感はますます増しており、石油と超保守的なイスラム教で知られたアラビア半島の王国から、スポーツとエンターテインメントの大国へと急速に変貌を遂げつつある。
一方でサッカーやゴルフでみられた反発の声も聞かれる。特に、サウジアラビア人の反体制派で、ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、ジャマル・カショギ氏が18年に暗殺された事件などを引き合いに出して、サウジによる人権侵害を「スポーツウォッシング(訳注:スポーツの巨大イベントを開催することにより社会が抱える問題を洗い流すように大衆の関心を逸らすこと)」だと非難する人もいる。
わずか数回ツイートしただけで何十年もの禁錮刑の判決を言い渡す国が、ゲームを通して若者とネットユーザーが支配する世界的なコミュニティに参加しようとしているのだ。
テレビゲームビジネスに関する著作もあるニューヨーク大学のヨースト・ファン・ドリューネン教授は「ローマ人とコロッセオの再来だ。国のトップは富と権力を誇示する見せ場としてスポーツを利用している。問いかけるべきは、背後で糸を引いているのは誰か、彼らの意図は何かということだ」と話している。
熱烈なゲーマーとされるサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(37)は、ゲームへの進出を彼の野心的な計画「ビジョン2030」の一環とみている。この計画は王国経済を刷新し、石油依存度を下げ、若者たちに職と娯楽を提供する未来を描いている。
昨年9月にサウジのファンド子会社サヴィー・ゲームズ・グループの設立を発表した際、皇太子は「経済の多様化に向け、まだ開拓されていない可能性をeスポーツとゲームセクターで切り開いているところだ」と述べた。
資産規模7000億ドルを誇るPIFが所有し、業界のベテランであるブライアン・ウォード氏がCEO(最高経営責任者)を務めるサヴィーは、ゲーム業界に390億ドルを投資するとしている。今後7年間で250の現地企業を立ち上げ、3万9000人の雇用を創出したい考えだ。
今月初めには『MONOPOLY GO!』、『Star Trek 艦隊コマンド』、『MARVEL ストライクフォース』といったゲームを開発したスコープリー社を49億ドルで買収した。
ゲーム産業は巨大で今なお急成長を続けている。市場調査会社ニューズーによると、パソコン、ゲーム専用機、モバイル端末、クラウドゲームサービスなどでゲームをする人は32億人と推定され、22年の市場規模は1844億ドルに達した。ボストン・コンサルティング・グループが21年にまとめた報告書によると、ゲームは世界の興行収入、音楽ストリーミングとアルバム販売、最も稼ぎの多い上位5つのスポーツリーグの収益を合計した額よりも多くのお金を生んでいる。
バトルロワイヤルやファーストパーソン・シューティングゲームからサッカーゲーム『FIFA』や『マッデンNFL』まで、さまざまなゲームで世界のトッププレイヤーが対戦するeスポーツの大会にもサウジは足を踏み入れている。
素人からするとテレビゲームの対戦を観戦することにそれほど魅力を感じないかもしれないが、何百万というファン、有名プレイヤー、企業スポンサーを抱える巨大ビジネスになっている。21年にシンガポールで開催されたeスポーツ大会の同時視聴者数は540万人だった。
ブリュッセルに本拠を置くシンクタンク、欧州国際問題研究所(ECIA)の湾岸専門家であるクリストファー・デビッドソン氏は「eスポーツへの投資は最上の広告機会であるだけでなく、クールで先進的で、休暇を楽しく過ごせる場所として、自国ブランドのアピールにもなる。eスポーツのファンはほかのスポーツと比べて若年層が多く、かつグローバルだ。イングランドのサッカーは欧米で人気だが、中国の普通の都市ではそれほどでもない。だがeスポーツはどこでも人気がある」と話している。
サウジは昨夏、賞金総額1500万ドルをかけたトーナメント「ゲーマーズ8」を数週間にわたって開催した。このイベントが今月、賞金総額が3倍に増えて帰ってきた。
サウジに隣接する裕福な湾岸諸国も、この動きに加わろうとしている。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイは6月、5日間にわたるeスポーツフェスティバルを開催した。カタール投資庁は最近、NBAのワシントン・ウィザーズとNHLのワシントン・キャピタルズ、そしてeスポーツの持株会社を所有するモニュメント・スポーツ&エンターテインメントの少数株を取得した。
権威主義的な湾岸諸国によるゲーム業界への関与がますます強まるなか、ゲームのコミュニティでは論争が沸き起こっている。
人気のマルチプレイヤーバトルゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』のデベロッパーであるライオットゲームズと、デンマークで大会を開催しているブラストプレミアは、ファンからの反発を受け20年にサウジとの提携関係を解消した。ブラストはUAEの首都アブダビで世界決勝大会を開催した時も、同様の批判にさらされた。
14ゲームで60人のチャンピオンを擁するeスポーツ団体「チーム・リキッド」は昨12月、サウジとUAEで最近開催された大会で獲得した賞金の半分を、LGBTQ+の人々が暴力や迫害から逃れる活動を支援する団体に寄付すると発表した。
中東の多くの地域では同性愛はタブー視されており、起訴されることは稀だが、サウジとUAEでは犯罪とされている。両国はまた、LGBTQ+を擁護するいかなる組織も非合法としている。
チーム・リキッドの声明を読むと、こうした湾岸諸国からスポンサー契約を受け入れることには経済と倫理的な面でジレンマがあることがわかる。
声明では「生活の保証がほとんどなく短いキャリアを送るかもしれない多くのプレイヤーたちにとって、これらのイベントは本当の意味でのチャンスである。イベントをボイコットするとキャリアだけでなく、eスポーツとの関わりが完全に絶たれてしまうかもしれない」と指摘している。
スポーツで倫理向上を目指す国際的なイニシアチブ「プレイ・ザ・ゲーム」のシニアアナリストで、eスポーツと湾岸諸国の野望の関係についての著作も多いスタニス・エルスボルグ氏は、こうしたジレンマは今後も繰り返される可能性が高いとして「金が物を言う世界だ。eスポーツの将来を展望すると、権威主義的な国家が所有する企業と緊密に連携を図るという、ほかのスポーツでもみられた動きが繰り返されるだろう」と話している。
By NICK EL HAJJ Associated Press
Translated by Conyac