カタールW杯後に取り残される、人影のない近未来都市・ルサイル
ワールドカップ開幕まで残り1ヶ月を切ったころ、奇妙なことに、開催地であるカタールの「ルサイル・シティ」は閑散としていた。
大通りに人影はなく、建築現場には稼働しないままの昇降機やクレーンがいたる所に見受けられた。首都ドーハの北方20キロメートルに位置し、洗練されたイメージのこの地区は、ワールドカップの観戦客や開催地カタール国内に住む数十万人を受け入れるために建設された。
サッカー界で最大規模の大会が行われているさなか、閑散とした近未来的な都市をめぐる問題が浮き彫りになっている。大会が終わり、100万人を超えるサッカーファンがこのペルシャ湾岸の小国から去った後、このイベントのためにカタール政府が建設したインフラは一体どのように利用されるのだろう。
市内にある金色のボウル型スタジアムでサッカーの試合が開催されない日に、サンフランシスコ出身の経営者エリアス・ガルシア氏(50)とその友人は、ドーハからルサイル・シティを訪れた。
ガルシア氏は、背後にそびえる巨大な三日月型の超高層ビルを見上げ、「どんな様子か知りたくてやって来ましたが、ここにはとくに何もありません」と話す。カタールの国章でもある湾曲した刀剣をモチーフに設計されたものだ。
通りの向かい側にある敷地は、砂漠の風景が描かれた背丈の低い塀で囲われている。同氏は「建設中のように見えるものばかりです。何もない区画に小さな壁を立てることで、何かをはじめているように見せかけているのでしょう」と言う。
ドーハから北に向かって運転していると、空に映えるきらびやかなルサイル・シティとマリーナに目を奪われる。木箱を交互に積み重ねたようなパステルカラーのタワーが砂漠にそびえ立ち、ジグザグ形状のビルやガラスドーム、新古典主義様式を取り入れた集合住宅が広い通りに立ち並んでいる。そこで暮らす住民がいるのかどうか明確ではない。高級ホテルやマンション、商用オフィスを用途として宣伝されているものが大半である。多くの建物からはクレーンが吊り下げられている。
ルサイル・シティの都市計画は、2005年あたりから構想され始めたものの、建設が急ピッチで進められたのは、ワールドカップの開催国にカタールが選出された2010年以降である。カタールの政府系投資ファンドより4500億ドル規模の支援を受け、コンパクトで歩行者にやさしい都市開発が計画された。そして、ドーハから直結するメトロと路面電車システムが整備されている。
カタール投資庁が投資する不動産会社「カタリ・ディアル」でプロジェクト・マネージャーを務めるファハド・アル・ジャハムリ氏は、ルサイル・シティは自己完結型の都市であり「ドーハの延長線」であると言い表す。
当局によると、ルサイル・シティにおける都市計画は、天然ガスの豊富なカタールが目指す知識経済に向けた構想の一部であるという。つまり、知識を基盤とするような専門家集団を長期的に誘致するための政策の一環だ。
しかしながら、国民の数が30万にすぎないカタールにおいて、ルサイル・シティに40万人を居住させる計画は容易ではない。さらに、カタールに住む290万人の多くが、高級タワーマンションではなく労働者キャンプに住む貧しい外国人労働者である。
ワールドカップ開催中でさえ、ルサイル・シティがドーハと比較して静かなのは明らかである。ドーハでは、大会開催に向けてこの10年以上の間、凄まじい建設ラッシュが続いていた。
パリの大広場にちなんで名づけられた高級ショッピングモール「プラス・ヴァンドーム」では、オープンしていない店舗がいまだに多くある。ある日の午後、このモールを訪れた観光客は、レジ係同士がおしゃべりを楽しむそばで空を背景にしたルサイル・シティの風景を写真に収めた。中心部にある文化省などの省庁が入るビルでは、午前11時にはほとんどの職員が帰宅していると警備員が話す。
ガルシア氏は「試合のない日にはメトロの乗客はほかに5人から10人程度しかいません」と話す。
人工の島「アルマハ・アイランド」にある高級ビーチクラブでは、ワールドカップのファンや地元住民がシーシャ(水たばこ)のパイプをくゆらせたり、プールに入ったり、ゆっくりとした時間を過ごしていた。
その夜遅くに開店したアートギャラリーでは、フランス出身の経営者ティモシー・バート・ライリー氏が従業員に指示を与えていた。
同氏は「ここは完全に人が作った島です。このようなことができるなんて、かなりすごいことだと思います」と話す。ルサイル・シティ、もしくはアルマハ・アイランドはとくに、地元住民が集まる場所になると考えている。
ライリー氏は、ワールドカップのために建設した7つのサッカースタジアムをはじめとするインフラの活用方法をカタールは見出すことができると考える一方で、「時間はかかるかもしれない」と認めた。
By SUMAN NAISHADHAM Associated Press
Translated by Mana Ishizuki