新幹線に適した路線、実は海外では少ない? インフラ輸出は地下鉄のほうが有望との声も
インド初の高速鉄道計画は日本の新幹線方式を採用することが今月決定した。海外の高速鉄道での新幹線技術の採用としては、台湾に次ぐ2例目となる。海外へのインフラ輸出を政府は成長戦略として重視しているが、高速鉄道(新幹線)の海外展開に関しては中国など他国との競争が厳しい。その背景には、実際に事業として成立しそうな路線は世界でも数が限られている、という事情もあるようだ。
◆高速鉄道に適した条件を満たす路線は数が少ない
日本と中国の間で高速鉄道の受注をめぐる争いが高まっていることに注目するフィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、奪い合うパイがそもそも少ないことを指摘する。当局者らの談として、高速鉄道をめぐる激烈な競争は、実際に欲しがっている買い手がわずかしかいないという現実を反映している、と伝える。
高速鉄道は経済発展の貴重なシンボルであり、高速鉄道が欲しいと考えている国は多いが、実際に高速鉄道に適している国は少ない、とFTは語る。高速鉄道は(営業的観点から)近すぎも遠すぎもしない2つ以上の大都市間を結ぶ必要がある、というのがその理由だ。
ウェブ誌「ディプロマット」で、シンガポールの南洋理工大学ラジャラトナム国際研究院の軍事研究プログラムのShang-su Wu(吳尚蘇)リサーチフェローは、自動車、航空機との競争の観点から、(乗客数の見込める)高速鉄道に適した距離は200~1000キロであると語っている(東海道新幹線の東京~新大阪駅間は約515キロ。山陽新幹線まで加えて、東京~博多駅間は約1069キロ)。インド初の高速鉄道のムンバイ-アーメダバード間は505キロだ。
高速鉄道が結ぶことになる都市の規模なども重要だ。大多数の高速鉄道は赤字で運行しているが、インドの高速鉄道に関しては、2つの商業中心地を結び、ビジネス利用客のしっかりした需要が見込める、と同誌は語っている。FTは、台湾はこれまでのところ新幹線を購入した唯一の国だが、その路線は大赤字を出している、と語る。
こうした観点から、北京交通大学のZhao Jian(赵健)教授は、「高速鉄道を維持できる海外市場はあまり多くない」と語っている(FT)。
◆信頼性は高いが価格も高い新幹線。地下鉄のほうが有望?
そういった状況の中で、日本は新幹線をどのように売り込んでいったらよいのだろうか。
日本と中国の競争に関して、中国は大規模生産と日本より低い人件費のおかげで、価格がより安くできると中国の同済大学の鉄道専門家Sun Zhang氏がFTで述べている。対する日本は、新幹線の安全性を売りにしているとFTは語る。また、長期的に見れば、新幹線のほうがお買い得だと主張していると伝える。日本としては、車両だけでなく、運行システムや保守なども含めてトータルに提供することが強みとなるという趣旨を、ある業界関係者は語っている。
しかし、そういった総合パックでの売り方は、売りにくいものだと日本の多くの専門家が認識しているとFTは伝える。必要に応じて他国と協力していくことが受注のチャンスを広げるとの三井物産の安永竜夫社長の考えを紹介している。「日本には強みと弱みがある」「オール日本のパッケージで勝てるとは考えていない。競争力があるような最良のパッケージとは何かについて、常に考える必要がある」と同社長は語っている。
高速鉄道よりも地下鉄のほうが、日本にとってビジネスチャンスが多いという意見の関係者も多いようだ。発展途上国は都市鉄道を大いに必要としており、新幹線に直接的な利害関係を有する企業以外の、日本の鉄道産業の多くの人が、地下鉄のほうが見込みが高いと考えている、とFTは語る。すでに成功事例もいくつかある。「日本はまず、正確で安全な都市交通システムの建設を手伝うことで、自国の強みを売ることができる。そうすることで長距離路線(の受注)にもつながるかもしれない」と安永社長は語っている。
◆高速鉄道建設が決まったばかりのインドでも在来線の改善を優先すべきとの意見
高速鉄道建設を決めたインドについて、高速鉄道よりも在来線の改善が先決ではないか、との政治経済アナリストのオピニオンをBBCは紹介している。筆者はインドのシンクタンク「センター・フォー・ポリシー・オルタナティブズ」のMohan Guruswamy所長だ。
同所長は、モディ首相が「この(高速鉄道)事業はインドの鉄道に革命を起こし、未来へ進むインドの旅を高速化するだろう。インドの経済的変化の機関車になるだろう」と語ったことを伝え、だが、そうなるだろうか、と疑問を呈している。
同所長は、インドの鉄道網が世界第3位の規模を持つこと、1853年の旅客営業開始以来、長い歴史を持つことを語った上で、インドの鉄道は何にもまして、巨大で、老朽化し、ぼろぼろになったインドのインフラの典型である、と語る。
整備や安全対策にまわすのに必要な現金がなく、そのせいで近年、事故が増加していると語る。インドでは、2000年以降、大きな鉄道事故が89件あり、そのうちほぼ3分の2が2010年以降だという。
インド政府によると、昨年の鉄道事故による死亡者は2万5000人以上に上ったそうで、同所長によると、線路横断中の事故による死亡者が毎年1万5000人近くいると見積もられているそうだ。そこで、国の委員会は、平面交差の排除や、線路沿いの柵の設置などを勧告しているが、予算不足のため実現の見通しは立っていないもようである。
◆インドでの高速鉄道の導入が在来線の改善につながるとの見方も
一方、ディプロマット誌は、インドの新幹線方式の採用が、日本にとってさまざまな可能性を持つものであることを伝える文脈で、高速鉄道への新幹線方式の採用が、在来線の改善にもつながる可能性があると指摘している。高速鉄道と在来線は、それぞれの規格と規定で運行するけれども、多くの技術には互換性がある、と同誌は語る。例えば、高速での電車の通過を可能にする高速鉄道の転轍(てつ)機は、在来線の効率を高めるためにも利用できる、としている。
また、インドの線路は大部分が広軌(1.676メートル)で、高速鉄道用の線路を敷設しなくても、潜在的には時速160~200キロまでの走行を扱う力がある、としている。よって、インド政府にとっては、(他の高速鉄道路線を作るのではなく)高速鉄道技術を在来線の性能(速度)向上に利用するというのも、別の可能性としてある、としている。
同誌は、南アジアで初となるインドの高速鉄道計画は、日本の鉄道外交にとって良い前兆を示す、と語っている。インドは今後、日本の高速鉄道のさまざまな技術と関連規格を導入することになり、そのことが、インドの鉄道網の将来の発展を幾分決定するだろう、と語る。それによって、日本の鉄道産業との息の長い関係がもたらされることや、他国の鉄道技術の参入障壁として働く可能性を挙げている。
ただし、インド政府は、今後の他の路線の高速鉄道計画では、軍事装備の調達でそうしてきたように、他の国からの調達も検討するかもしれない、としている。一国による独占を防いで、自国にとって有利な条件で取引するためだ。したがって、インドの高速鉄道市場のどれほどを日本が最終的に確保するかは不明確である、としている。