1月30日から2月2日にかけて、モロッコのマラケシュで「1-54 コンテンポラリー・アフリカン・アートフェア(1-54)」が開催された。1-54は、2013年にロンドンで始まったアフリカの現代アートに特化したアートフェアで、現在はロンドン、ニューヨーク、マラケシュで毎年開催されている。1-54マラケシュは今年で6回目。去年に続き、ラグジュアリー・ホテルの「ラ・マムーニア」と、レストランを併設したウェアハウス風のアートスペース「DADA」の2ヶ所がメイン会場となった。
アフリカで開催される唯一の1-54であるこのフェアは、モロッコやアフリカの視点から現代アフリカンアートを知る上で重要な役割を果たす。1-54の創設者であるトゥーリア・エル・グラウィ(Touria El Glaoui)がモロッコ出身という、土地との強いつながりもある。世界15ヶ国から30のギャラリーが出展し、そのうち15はアフリカのギャラリー。その中でも10のギャラリー(全体の3分の1)がモロッコに拠点を置く。一方、今回は日本やクウェートからの初参加も。日本からは、現代アフリカンアートの振興や日本とアフリカの文化交流を目指し、昨年オープンしたスペース・アン(Space Un)が出展していた。
以下、アートフェアで出会った多彩なアーティストの作品を紹介する。

1-54 Marrakech 2025. Courtesy Mohamed Lakhdar
手法にもこだわった力強いポートレイト作品
以前、DIRECTIONの記事で「黒人が描く黒人絵画」を集めた展覧会『When We See Us』について紹介したが、黒人が主体的に自身を描く作品には、歴史的に根付いた偏見やステレオタイプを覆す力がある。1-54マラケシュで紹介されたポートレイト作品は、素材や制作プロセスに独自性があり、その点でも強い存在感を放っていた。
ジョシュア・マイケル・アドクル(Joshua Michael Adokuru, b. 1999)は、ナイジェリア出身のビジュアルアーティスト。板に釘を打ち付けて、釘の間に糸を巻きつけるというストリングアートの手法を使った、インパクトのあるポートレート作品を生み出す。

Joshua Michaelの作品 Adokuru
アドジェイ・タウィア(Adjei Tawiah, b. 1987)は、仲間、友情、家族、人間の結束をテーマにした活気ある作品で知られるガーナ出身のアーティスト。一見、普通の油絵のように見えるが、彼の作品にはナイロンスポンジが使われている。亡き母親の体を清めるという体験から着想を得たこの手法を、彼は「スポンジ・マーシャル」と呼ぶ。

Adjei Tawiahの作品
アモアコ・ボアフォ(Amoako Boafo, b. 1984)は、ガーナ出身の画家。筆を使わずに指を使って描くという手法が、独特のテクスチャーと強さを生み出している。彼は最も影響力のある現代アーティストの一人で、その作品はグッゲンハイム美術館などが所蔵する。今回の1-54マラケシュで出展された彼の作品「Blanc stare(意味:ぼんやりとした眼差し)」は、テート美術館に買収された。

Amoako Boafoの作品 Courtesy of Gallery 1957
クゥワク・ヤロ(Kwaku Yaro, b. 1995)は、多様なメディウムをコラージュしたポートレイト作品をつくるガーナ出身の作家。1-54に出展されたこの作品は、高さ2メートル、横幅1.5メートルの大型サイズで、素材にはナイロンの織物や麻布などが使われている。ヤロは、現在5名のアーティストからなるアートコレクティブで、アクラにギャラリーも構える「Artemartis」のメンバー。

Kwaku Yaroの作品
ムバレク・ブチチ(M’Barake Bouhchichi, b. 1975)は、モロッコ出身のアーティスト。絵画の他に彫刻作品なども手がける。モロッコの黒人コミュニティ(モロッコの黒人割合は約10%)で育ったブチチは、異端視されるという経験をしてきた。「今日の社会でモロッコ系黒人であることは何を意味するのか」という個人的な問いを発端にした彼の作品は、「共に生きることは何か」という普遍的な問いを私たちに投げかける。

M’Barek Bouhchichiの作品
チゴジエ・オビ(Chigozie Obi, b. 1997)は、ナイジェリア出身の画家で、黒人のリプレゼンテーションや黒人に対するステレオタイプといったテーマに関心を寄せる。代表作には、黒人の多様な肌の色を表現したシリーズ作品『Shades of Black(意味:黒の濃淡)』がある。『Woven Moments(意味:織りなす瞬間)』と題されたこの作品は、ピクニックをしながら編み物をする女性たちの何気ない瞬間を鮮やかな色調で捉えたもの。

Chigozie Obiの作品
サラ・ベンアブダラ(Sara Benabdallah, b. 1995)は、モロッコ人フォトグラファー、映像作家。1-54マラケシュで展開した『Dry Land』シリーズでは、モロッコで女性として育つ中で、自分の女性らしさは、賞賛するものではなく隠すもの、つまり影のようなものだと感じてきたという葛藤を表現している。写真の装いはレブサ・ラクビラ(Lebsa Lakbira)という名の結婚式衣装。美しさだけでなく、伝統や女性に対する社会のプレッシャーを象徴するものである。

Sara Benabdallahの作品 Courtesy of Nil Gallery
物語を語り直し、新たな物語を生み出す作家たち
次に、芸術作品の美しさに加えて、視点やナラティブの深さにおもしろさが感じられる作家たちを紹介する。彼らのような現代アーティストは、歴史的に見落とされてきたアフリカの視点を浮き彫りにするだけでなく、斬新な視点から未来のストーリーを描く。
ウィロウ・エバン(Willow Evann, b. 1985)は、コートジボワール系のフランス人アーティスト。1-54マラケシュでは、ポラロイド写真をピクセルのように配置された木のブロックに転写したミックスメディア作品を披露。被写体は世界大戦に貢献した西アフリカの旧フランス植民地出身(現在のセネガル)の小銃兵。歴史から見落とされてきた西アフリカ人の物語に光を当てた。

Willow Evannの作品
イヴァノヴィッチ・ムバヤ(Yvanovitch Mbaya, b. 1994)は、コンゴ共和国出身。シルエットを用い、移住と放浪をテーマにした作品を描く。画材にコーヒーを使うことは、エコロジカルな表現としての意味だけでなく、アフリカ大陸の伝統文化や、先祖代々の自然とのつながりを浮き彫りにするという意図が含まれている。

Yvanovitch Mbayaの作品
マヒ・ビンビン(Mahi Binebine, b. 1959)は、モロッコ出身のアーティストであり、著名な作家でもある。ハサン2世(1961–99)などモロッコ王族とのつながりが強かった父は、家庭を放棄。兄は権威主義的な政策で若者らの抵抗を受けていたハサン2世を打倒するための軍事クーデター(1971)に参加したが、クーデーターが失敗に終わり兄は18年間投獄された。この期間、ビンビン自身は勉学や仕事のためパリやニューヨークで過ごしていたが2002年にモロッコに帰国。彼の作品は、こうしたモロッコの政治の混乱や家族の悲劇を、詩的かつ感情的な表現で語り直すものである。

Mahi Binebineの作品
マッシン・エヌ(Muhcine Ennou, b. 1991)は、モロッコ出身のマルチメディア・アーティスト。写真とCGIを融合させて、SF世界のような独自の世界観を表現する。1-54マラケシュでは、砂漠の中に置かれた鏡のドーム型建築を表現した『Desertism』を披露した。

Muhcine Ennouの作品
アミン・アセルマン(Amine Asselman, b. 1989)は、モロッコ出身のアーティスト。建築などのモザイク装飾に使われるモロッコの手造りタイル、ズュリージュ(zellige)と幾何学に着想を得た作品を手がける。博士課程の研究では、無限の幾何学的形態を探求し、数学、科学、芸術を融合させてズュリージュの新しい視覚言語を生み出した。

Amine Asselmanの作品
メネ(Méné, Mene Ange Martial, b. 1977)は、コートジボワール出身の画家。洞窟画のような神秘性、シュールレアリズムのような世界観、子どもの絵のような空想的な懐かしさ、それらとは全く関係のないところに存在する斬新な独自の視覚言語が存在するメネの絵画には、見るものを飽きさせない魅力がある。メネ自身は「描いている時は遊んでいるような感覚だ」と表現する。インスピレーションは神から授けものであり、それはあらゆるところに存在するとも語る。

Mene Ange Martialの作品
精巧な技を用い、詩的な世界観を描く表現者たち
最後に紹介するのが、その素材使いやテクニックのおもしろさと、技巧が作り出す詩的な表現が印象に残ったアーティスト。多彩なクリエイティビティと同時に、普遍的な要素を感じることができる作品には、いつまでも見ていたくなるような魅力が詰まっている。
オマー・マーフディ(Omar Mahfoudi, b. 1981)は、パリを拠点に活動するモロッコ人画家。インクと液状アクリル絵の具を使い、具象と抽象の境界線を行き来するような独特なコンポジションが特徴。1-54マラケシュでは、ライブペインティングも実施。キャンバスを十分に濡らして色を載せ、滲みを作りながらも、手早く風景や人物を描いていくという技巧を披露した。

Omar Mahfoudiによるライブペインティング 1-54 Marrakech 2025. Courtesy Mohamed Lakhdar
マリカ・スカリ(Malika Sqalli, b. 1977)は、モロッコ生まれ、フランス育ちのマルチメディアアーティスト。フランス、米国、英国、ニュージーランドなどの各地を旅し、現在はモロッコとオーストリアでの2拠点生活を送る。スカイダイバー免許保持者でもある彼女は、スカイダイビング中に撮影した写真も作品にも取り入れる。1-54マラケシュの展示では、フィルム写真を加工することで、大自然を切り取った写真に“歪み”を与えた。そこには完璧ではない人生を反映するというメッセージが込められている。

Malika Sqalliと彼女の作品
ファティマ・ゼムリ(Fatiha Zemmouri, b. 1966)は、モロッコ人アーティストで、自然現象(水、火、土)や木炭、泥などの素材を中心に据えた精巧な作品を展開する。1-54マラケシュで披露した土を使った抽象的で繊細な作品には、見るものを惹きつけるシンプルさと奥深さが共に存在している。

Fatiha Zemmouriの作品
ブチュラ・ブドゥア(Bouchra Boudoua, b. 1988)は、モロッコ人アーティスト・デザイナー。ロンドンで空間デザインを学び、マラケシュとカサブランカを拠点に活動する彼女の作品は、アマジーグ(マグレブ地方の先住民)のルーツとモロッコの田園風景に影響を受けたものだという。自然や職人技の要素を取り入れ、土や粘土を使った陶芸作品を展開する。モロッコのラグジュアリーブラント、コンランショップ、ディオールなどとのコラボレーションも多数。

Bouchra Boudouaの作品
モハメド・アルジュダル(Mohamed Arejdal, b. 1984)は、モロッコ出身のアーティスト。17歳からアマチュアアーティストとして活動を開始。一時は欧州を目指しカナリア諸島へ密行したが、モロッコに強制送還された。後にモロッコの芸術大学を卒業し、芸術家としてのキャリアを築いてきた。さまざまな出会いや旅を通じて、彼が疑問を抱いた社会集団間のつながりを探求することが、その作品の基礎となっている。

Mohamed Arejdalの作品
1-54 マラケシュのフェア期間中に合わせて、新市街ゲリーズ(Guéliz)のギャラリー、コントワー・デ・ミーヌ(Comptoir des Mines)にて開催された個展では、4つのシリーズが展開。たとえばコーラン(クアルーン)学校においてコーランの暗記のために使われる木版をモチーフにした作品シリーズ(下の1枚目の写真)。他にもパレスチナ人の迫害に抵抗したシリーズや、移動(旅)と定着といったテーマに着想し、革で覆われた木の軸と、色鮮やかなシルクに包まれた木製ビーズからなる複数の鎖で構成された彫刻作品シリーズがある。
アフリカや欧米では知られていたとしても、日本ではまだあまり紹介されていない現代アフリカン・アートの担い手たち。彼らの表現やメッセージは、私たちに新しい視点を与え、刺激をもたらしてくれる。
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そのほか、本文で掲載できなかったアーティストを写真で紹介する。
ウスマン・バー(Ousmane Bâ, b. 1988):東京を拠点に活動するセネガル系フランス人のビジュアル・アーティスト。その手法は日本文化にも影響を受けている。

ウスマン・バー(Ousmane Bâ)
ララ・バラディ(Lala Baladi, b. 1969):レバノン系エジプト人のビジュアル・アーティスト、アーカイブ専門家、教授。アートフェア期間中は、市内のマルフーン(ギャラリー兼アーティストスタジオ)にて、アラブ世界におけるプロテストにおけるイコノグラフィー(図像学)に関する調査研究をもとにした作品群を展示した。

ララ・バラディ(Lala Baladi)の作品
マルフーン(Malhoun):マラケシュを拠点に活動するベルギー人アーティスト、エリック・ヴァン・ホーヴが手がけるアートスペース。ギャラリー、若手作家がレジデンシーとして入居するスタジオ、映画上映スペースなどを兼ねた多目的な文化・アートプラットフォーム。写真は、文化の喪失と継承の意義をテーマに、古民家から収集した着物を縫い合わせ大きなTシャツとして表現した小林新也(b. 1987)の作品。

アートプラットフォーム マルフーン(Malhoun)小林新也(b. 1987)の作品
ナシム・アザルザー(Nasim Azarzar, b. 1989):フランス育ちのモロッコ人ビジュアル・アーティスト。ディアスポラとしての経験と地元の文化に根付いた美学に重きを置き、図形が持つ意味論を研究した作品が特徴的。

ナシム・アザルザー(Nasim Azarzar)
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Photo by Maki Nakata(一部提供写真)
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Maki Nakata
Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383