南アフリカのケープタウンにあるツァイツ・アフリカ現代美術館(Zeitz Museum of Contemporary Art Africa:通称Zeitz MOCAA)はアフリカを代表する現代美術館の一つ。元プーマCEO、現在はハーレーダビッドソンのCEOを務めるヨッヘン・ツァイツ氏(Jochen Zeitz)による、アフリカ現代美術の世界級コレクションを実現したいという想いと、ケープタウンのウォータフロント地区開発計画における美術館開発のニーズが重なり、2017年に開館した美術館だ。

2019年、カメルーン出身、スイスで教育を受け、セネガルなどで活躍してきたアフリカ現代美術界のベテラン、コヨ・クオ(Koyo Kouoh)がチーフ・キュレータ及びZeitz MOCAAのエグゼクティブ・ディレクターに就任。クオは、就任以降、美術館をツァイツ氏のプライベートコレクション以上のものにするために、組織体制のダイバーシティ化を進め、脱植民地主義・アフリカ主体の企画展に力を入れてきた。今回紹介する企画展『When We See Us』にも、クオならではのキュレーションスタイルや価値観が反映されている。

Installation views, ‘When We See Us: A Century of Black Figuration in Painting’, 2022, Zeitz MOCAA.
Photograph by Dillon Marsh, courtesy of Zeitz MOCAA.

タイトルに込められた意味

『When We See Us』というタイトルは、日本語に訳すると、私たち自身への眼差しといったようなニュアンスだ。このタイトルは、エイヴァ・デュヴァーネイ(Ava DuVernay)監督のネットフリックスドラマシリーズ『When They See Us(ボクらを見る目)』にインスパイアされたもの。このシリーズは、1989年にニューヨークで発生した、セントラル・パークをジョギング中の白人女性がレイプ殺害された事件(通称:セントラルパーク・ジョガー事件)において、免罪で起訴され、不当に有罪判決を受け、服役した5人の黒人・ラテン系有色人種の少年たちをめぐる実話を題材にした物語だ。

They(彼ら)を、We(私たち)に変換するという意味は、黒人の主体性、黒人自身のリプレゼンテーションであり、黒人が主体性を持つという政治的なメッセージでもある。また黒人自身が主体となってナラティブを描き、対話を生み出すといったニュアンスも含まれているようだ。『When They See Us』が、彼ら(白人社会)が主体となって不正義がもたらした悲惨な事件であるのに対し、『When We See Us』は、私たち(黒人社会)が主人公となった正義の表現であるとも言える。

アーティストが繰り広げる多彩な空間

『When We See Us』では、154名のアーティストによる約200作品が展示されている。作品は、世界26ヶ国に拠点を持つ74の異なる機関や個人から貸し出されたものだそうだ。展示作品は、黒人を題材にした絵画に限定されているが、ひとくちに黒人が描いた黒人絵画と言っても、そこには多彩な表現が存在する。また、黒人絵画の地理的スコープは、実際の黒人たちの人口分布同様に非常にグローバルなもので、汎アフリカ・汎ディアスポラも特徴的な要素だ。

クオとともに本企画の共同キュレーターを務めたタンダザニ・ドゥラカマ(Tandazani Dhlakama)によると、この展示はアフリカ人と黒人の存在の歴史的分脈を正しく反映したもので、展示作品を手がけたアーティストは1886年から1999年生まれまでと幅広いジェネレーションに属する人々だ。また、その多くが、このような展示の場で初めて取り上げられたアーティストだというのも特筆すべき点。歴史的に重要な貢献をもたらしたアーティストの声を強調するだけでなく、今まで見過ごされてきたアーティストの貢献もハイライトするという意図があるようだ。

チーフ・キュレータ及びZeitz MOCAAのエグゼクティブ・ディレクターのコヨ・クオ(Koyo Kouoh)(左)と、クオとともに本企画の共同キュレーターを務めたタンダザニ・ドゥラカマ(Tandazani Dhlakama)(右)

また、絵画の展示も、時系列になっていたり、地理的に分類されたりせず、作品に共通するテーマによって分かれている。そのテーマは、The Everyday(日常)、Joy and Revelry(喜びと祭り)、Repose(安息)、Sensuality(センシュアリティ・官能)、Spirituality(スピリチュアリティ)、Triumph and Emancipation(勝利と解放)の6つ。同じアーティストの作品が、別のテーマの展示室で展示されていることもある。個人個人のアーティストの存在はもちろん重要だが、この企画では、黒人アーティスト全体が繰り広げるストーリーやムーブメントが印象に残るような設計になっている。

スポンサーにはグッチ

展示及び展示のオープニングに先立って開催されたファンドレイジングのためのガラ・ディナーには、ラグジュラリーブランドのグッチがスポンサーとなっている。グッチといえば、数年前に、ブラックフェイスをモチーフにしたようなタートルネックを販売し、物議を醸したことが記憶に新しい。このような黒人差別的商品が販売にまで至ってしまうような意思決定がなされる組織が、黒人の主体性を讃える「脱植民地主義」の展示企画をスポンサーするというのは、皮肉なことかもしれない。一方、こうした過ちを経て、同社は黒人コミュニティにおける不正や差別がなくなることに対してコミットしているという姿勢を表している。

グッチの取り組みやスポンサーの意図が、どれだけオーセンティックで真摯なものかどうかは分かりかねるが、グッチがスポンサーするガラ・ディナーに参加したアフリカ人・黒人のクリエイター、アーティスト、インフルエンサーたちにとっては、グッチのスポンサーは批判の対象ではなく、世界一流のラグジュアリーブランドと黒人絵画のジャクスタポジションは誇らしく感じられるものであったのかもしれない。少なくとも、彼らのインスタグラム投稿からはそのように感じられた。

『When We See Us』の展示を、黒人以外の私たちが見るという行為をどう捉えるか。展示からの経験を、客観的に批評することは、メタ的に「ホワイト・ゲイズ(White Gaze、白人社会の眼差し)」を再構築してしまうリスクがあるのかもしれない。しかし、この展示は、黒人たちが自身を描く、日常や喜びを感じることは、いまだ非人間的な扱い(dehumanization)に晒されることが少なくない黒人たちの状況をノーマライズすることなく、多様なアフリカ人・黒人たちの人生に共感や親しみを覚えるきっかけを与えてくれるものなのではないだろうか。展示は2023年9月3日まで開催中。南アフリカ訪問の際は、ぜひ足を運んで欲しい。


Installation views, ‘When We See Us: A Century of Black Figuration in Painting’, 2022, Zeitz MOCAA.
Photograph by Dillon Marsh, courtesy of Zeitz MOCAA.

Photo by Maki Nakata(一部提供)

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383