フランス人が2月にクレープを食べる理由 「ろうそくの行列」はなくなったが…

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 フランスでは冬になると、街でも家庭でもクレープの出番が増える。実はその背景には、毎年決まってやってくる「クレープを食べる日」があるからだ。日本ではあまり知られていないが、フランスには1年に2回ほど「クレープの日」として語られるタイミングがある。片方は毎年固定で、もう片方は年によって日付が変わる。では、その「クレープの日」はいつなのか? 代表的なのが2月2日で、もう一方は2026年は2月17日にあたる。

◆2月2日の聖燭祭
 イエス生誕の12月25日からちょうど40日目にあたる2月2日は、聖燭祭(シャンドルール)と呼ばれ、フランスではこの日にクレープを食べる習慣がある。ではなぜ2月2日なのか?

 キリスト教はイエス・キリストが説いた教えなので、イエス生誕前の世界には当然存在せず、イスラエルで広く信仰されていたのはユダヤ教だった。イエスもこのユダヤ教の伝統にのっとり、生後40日目にエルサレムの神殿へ連れていかれた。いわばユダヤ教におけるお宮参りのようなものであろう。

 GEOによると、聖燭祭自体はそれよりずっと後、5世紀以降にローマ教皇が定めたものだが、2月2日という日程は12月25日から40日目ということで選ばれた。その名が示す通り、聖燭祭にはろうそくを持った信者らが行進を行った。

 その頃のローマ帝国では、キリスト教が広められてはいたが、依然として異教の祭りも行われていた。例えば2月15日前後には、古代ローマの豊饒の神ルペルカスを祝い、真夜中にろうそくに火を灯し、太陽の復活を祈願して穀物を使った丸いパンケーキのようなものを食べていたという。

 伝えられるところによると、この異教の祭りにとって代わるものとして教皇ゲラシウス1世が定めたのが聖燭祭で、ゲラシウス1世はこの日にローマに集まる信者らに丸いパンケーキを配ったとも伝えられる。それがこの日にクレープを食べるという習慣の始まりだ。(ウェスト・フランス紙

◆カーニバル最終日のマルディ・グラ
 もう一つ、この時期にクレープを食べる日として知られているのはマルディ・グラ(直訳すると「脂っこい火曜日」)だ。これは、カトリック教会における復活祭(イースター)の47日前にあたる。復活祭は春分後の満月から計算して決めるので、毎年異なる移動祝日である。マルディ・グラも同様に毎年日程が変化するが、だいたい2月から3月上旬の間となる。名称にあるように曜日は必ず火曜日。今年2026年のマルディ・グラは2月17日である。

 復活祭に先立つ40日余りは四旬節と呼ばれ、本来ならば信者は肉や脂っこいものの摂取を控えるべき期間とされている。その四旬節に先立って行われるのがカーニバルで、マルディ・グラはその最終日だ。

 そのため、マルディ・グラには翌日から消費できなくなるバターや卵などを無駄にしないため、使い切るものを食べる習慣ができた(TF1)。クレープもその一つだが、必ずしもクレープとは限らない。一番多いのは揚げ菓子で、フランスだけでも地方によって名前も形状も異なる揚げ菓子が複数存在する(GEO)。

 それにもかかわらず、マルディ・グラが広く「クレープを食べる日」と認識されているのはなぜか? 人類学者のクレタン氏は、長い歴史の中で聖燭祭とマルディ・グラが混同されたせいだと考える(アクチュ紙)。

◆クレープは太陽の象徴
 だが同時に、黄金色の丸いクレープが太陽を象徴することも大きいと思われる。太陽を赤く塗る日本の感覚だとピンとこないかもしれないが、フランスの子供たちは太陽は黄色く塗るのが常だ。また、クレープはうっすら付いた焦げ目が命で、全く焦げ目のないクレープは「青白い」と同じ単語(pâle)で形容され、フランス人に好まれない。

 緯度の高い欧州の冬は実に暗く、フランス北部では冬至の日の出時刻は8時47分だった。朝の通勤通学時はまだ星が出ている。そんな土地においては、冬至を過ぎ、ようやく少し日が長くなってくれば、太陽の復活を祝いたくなるというのも頷ける。

 実は、上述の聖燭祭にクレープを食べるという決まりを記した正式な文献は存在しない。だが、ろうそくの行列はしなくなってしまった現代のフランスでも、「クレープを食べる」習慣だけは残っている。これは、クレープが太陽の復活をあらわす春の象徴であることと無関係ではないだろうと歴史家も指摘している。(ウェスト・フランス紙)

Text by 冠ゆき