フランスで掴んだ調香師の夢 元サッカー少年が目指す「時代を超える香り」
増田湧介氏(本人提供)
ネットフリックスで2月に公開された『オフライン ラブ』で、日本でも話題になったという香水ブランド「Galimard(ガリマール)」。そこで偶然につながった日本人調香師、増田湧介氏を通して、香水でワクワクする生活を提案したい。
◆126種のエッセンスから自分だけの香りが作れる「ガリマール」
「香水の街」と言われる南仏グラース。そこで自分の香水が作れると聞いたのが25年ほど前のことだった。当時インターネット検索も使い慣れておらず、人づてに辿り着いた「Fragonard」という店で、ベースノートから自分の好きな香りを選び、ミドルノート、そしてトップノートへチャート式に辿り着いた香水を、「自分の香り」としてハレの日に愛用していた。
ところが実は別の香水ブランドでは、本当に自分で一から選んだエッセンスで、自分だけの香りが作り出せるということを知り、ガリマールに行ってみた。
「オルガン」と呼ばれる香りのエッセンスが並ぶ机で1本ずつ匂いを嗅いでは、直感で選んでいく。自分で混ぜて、世界で1つしかない香水が出来上がった。

ガリマール社のゲスト用調香デスク(筆者撮影)
自分でつける名前を印刷したラベルを貼った素敵な瓶に入れて完成する香水を待っている間に、ふっと日本語が聞こえてきたので振り返ると若い女性の二人連れ。話しかけてみると、日本から3泊4日でニースだけに来たという。「なぜ、そんな急ぎ足でニースだけ?」と問うと、ネットフリックスのリアリティショーに出てきた場所を巡る旅だという。
彼女たちと別れた後、また日本語が聞こえる方を見ると、なんと白衣のパフューマーアシスタントさんが上手な日本語で会話している。店員に尋ねてみると、オフライン ラブが配信された後に日本からの旅行客は増え、実は最近まで日本人調香師が勤めていたというので、つないでもらった。
◆サッカーから香りへ、調香師・増田湧介の道のり
10月からパリのFlair社に転職した調香師、増田湧介氏は2019年に渡仏。2年半ニースで語学学校や香水の学校に通いながら、2022年に調香師として、1747年創業のガリマール社に入社した。フランス人にとっても狭き門のこの業界に、日本人が進出できるなんて、超幸運の持ち主か? しかし、苦悩と努力の上に手に入れた「人生を賭けた夢」だったのだ。
「サッカー選手として5大リーグで活躍する」夢しか考えていなかったサッカー少年・増田湧介は、U15の日本代表に選ばれるなど、小さな頃からその頭角を表していた。

高校もサッカーで選び、プロからのスカウトを辞退して慶應大のサッカー部へ。
プロを見据えキャプテンとしてチームを率いた
しかし、9歳の頃に発見された海綿状血管腫による脳出血でサッカーを断念。就職するも、「サッカーと同じくらい好きになれること」を探して旅をする中で、パリで出会った香水に惹かれて調香師を目指したという。
当初は1年の予定でフランスに渡ったが、香水の学校を終えても就職先が見つからず、タイムリミットギリギリでガリマールのインターンのポストを得られたのだった。オフライン ラブで見られる光景そのもの、「自分だけの香水を作るサポートをする仕事」だ。その他にも、原料となる花の栽培畑に通ったりした3か月間の頑張りが認められ、病気で退職する人の代わりに正式に調香師として就職することができたのだった。
ネットフリックスの撮影は昨年3月で、リアリティ番組の出演者2人とカメラ4台、15人ほどのクルーがやって来て、2時間ほどで終わったというが、今年の2月配信以来、4〜5月頃から日本人の訪問者が増え、1日30人ほどにもなったという。正式な調香師となってからは観光客が訪ねてくる店に毎日出勤しないので、すべての日本人に会えたわけではないが、インスタグラムからDMが届いた人などには極力会ってアドバイスをしたりしたそうだ。
増田氏はガリマール社勤務の3年間でさまざまな香りを生み出したが、その中でも、グラース産のジャスミン(J)、ローズ・センティフォーリア(R)、チュベローズ(T)をテーマにした「HÉRITAGE」コレクションは、日本からも公式サイトで購入できる。

増田氏がガリマール社から発表した香水「HÉRITAGE」(増田氏提供)
バラが大好きな筆者は「R」を買ってみた。グラースを代表するセンティフォーリアというバラを中心に、気持ちが華やぐ香りのブーケで、時間とともに匂いも移り変わっていくので、ふっと匂うたびに幸せな気分になれる。
グラース周辺では、センティフォーリアをはじめとする香料植物を、メゾン各社が契約農園や自社農園で確保している。例えばドメイン・ド・マノンの収穫はクリスチャン・ディオール向けに独占的に使われているという。ほかの地域でも栽培はできるが、グラースのバラは香りの立ち方が特別だと言われる。ジャスミンやチュベローズも栽培している家族経営のドメイン・ド・マノンにはインターン生の頃から通い、将来はこの畑が専属契約しているディオール社で、新しい香水を生み出すことが夢なのだと、増田氏は語る。
◆香水の長い歴史と深い世界を未来へ、そして各人へ
増田氏は順風満帆に見える成功に胡座をかかず、ガリマールの調香師の職を辞して、パリのFlair社にアシスタント調香師として転職した。その会社は2人の調香師が13年前に設立した会社で、5人の調香師、アシスタント兼調香師、アシスタントの増田氏とアートディレクターの総勢8人の小規模な会社だ。顧客からの注文に合わせて調香師が選んだ香料を準備するのがアシスタントの仕事だが、調香師に昇進する道は開かれている。そして、顧客の注文を先輩調香師がどう調合するのか、そしてそのフィードバックもすべて共有されるので、貴重な学びの毎日だと声を弾ませる。まさしく、自分のやりたかった「弟子入り」状態なのだそうだ。
「最初は香りの世界をナメていたんですよね」と増田氏は振り返る。当時は「生き方」について大きな悩みを抱えていて、日本を離れて、ワクワクできることを求めていたからだ。そして香水に出会い、1年修行して日本に帰るつもりが、勉強すべきことが多すぎて、今はフランスに腰を落ち着ける覚悟ができたようだ。「香水は皆さんのために創るものだから、体の中の1つの感覚を研ぎ澄まし、人としての感性を磨き、言葉がイメージする香りの表現を読み取る力と表現する術を磨いていく必要がある」のだという。自分の名を冠した香水を世に出すのではなく、花栽培師のキャロル・ビアンカラナさんの畑の花を使って、時代を超えて残っていく本物を生み出したいのだという。

花栽培師のキャロル・ビアンカラナさんと(増田氏提供)
「日本人調香師が創るディオールの香水」を心待ちに想像しながら、今日も「R」をまとう。その香りが1日中幸福感を思い出させてくれるから……。 公式サイトでは海外配送もうたっているので、花の気配のない冬も華やかな気分で過ごしたい方には購入をぜひおすすめしたい。
在外ジャーナリスト協会会員 中東生取材
※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。




