アート界の影響力ランキング1位 イブラヒム・マハマが拓くガーナ発アートの地平

イブラヒム・マハマ氏|写真:Carlos Idun-Tawiah

 国際的な現代アート雑誌「アートレビュー(ArtReview)」が、アート界の影響力を示すランキング「パワー100」の2025年版を発表した。首位に選ばれたのは、ガーナ出身のアーティストで、世界各地でその作品を発表するとともに、同国に複数の芸術機関を立ち上げてきたイブラヒム・マハマ(Ibrahim Mahama)。彼は2021年から継続してランクインしており、一昨年は6位、昨年は14位と、これまでも上位につけていた。

◆2025年版「パワー100」が示す現代芸術界のスナップショット
 今月、アートレビューによる毎年恒例のアート界影響力ランキング「パワー100」が発表された。このランキングは、その年のアート界の影響力をできる限り反映させたリストであると同誌は説明する。ここでいう「パワー」とは経済的な影響力ではなく、アート界における社会的な影響力を指す。その手法は、世界中の美術界の各分野から約30名を集め、それぞれの地域でこの1年にアートを形成した人物を推薦してもらい、パネル討議や意見交換を経て最終化。選ばれる人物は、作品、展示、思想を通じてこの1年の間に能動的に、国際的な影響力を及ぼしている必要がある。

 解説では、今年のランキングの特徴にも触れている。100組のうち、アーティストが33名、コレクティブが6組。キュレーター、ギャラリスト、美術館館長はそれぞれ20名、13名、5名で構成される。また、ランクインした多くのアーティストは、作品制作にとどまらず、機関や制度の構築にも取り組み、新しいアートのエコシステムを形成している。例えば、インカ・ショニバレやトレイシー・エミンはレジデンシー・プログラムを、シアスター・ゲイツやマリーナ・アブラモヴィッチは教育機関を展開している。今年首位となったマハマも、作品制作を超えて制度構築に取り組む人物の一人である。

◆ガーナ・タマレで複数の機関を展開するイブラヒム・マハマ
 マハマは、ガーナにおける植民地主義、ポスト植民地主義、産業化の物質的遺産をテーマにした大型作品で知られるアーティストである。彼の代表的な素材はジュート麻の袋だ。これらの麻袋は東南アジアから輸入され、ガーナの農家で生産されたカカオ豆の国内輸送に使われる。害虫リスクなどの理由でカカオ輸送には再利用されないが、その後は地元の商人によって米やトウモロコシなど穀物の輸送に用いられる。マハマは大学院在学中にこの素材に着目し、使い古された麻袋を回収して縫いつなぎ、建物を覆うインスタレーションを開始した(フリーズ)。最初の作品は2012年にアクラで発表し、その後も2015年の第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ、2017年のドクメンタ14、2024年のロンドン・バービカン・センターなどで展示を行ってきた。

 今年ウィーンで開催された個展では、古い列車を使った大型のインスタレーションを展開。マハマはガーナで入手したドイツあるいはイギリス製のディーゼル機関車の車体をいったん解体し、ウィーンに輸送して再度組み上げた。中心作品は、この機関車を何千ものヘッドパン(鉄製の大きなたらい)で積み重ねた「土台」で支えるというもの。ヘッドパンはガーナで物資を運ぶために広く使われる日常的な道具であり、マハマは作品のために新品のヘッドパンと交換しつつ大量の使用済みパンを収集した。列車とヘッドパンという二つの輸送容器を組み合わせることで、輸送・流通システムやガーナの人々の労働を彫刻的に可視化している。

筆者撮影

筆者撮影

 マハマの活動はあくまでガーナに根ざしている。2019年には出身地タマレに、サバンナ・センター・フォー・コンテンポラリー・アート(Savannah Centre for Contemporary Art: SCCA)を設立。2020年にはタマレ郊外の広大な敷地で「レッド・クレイ(Red Clay)」を立ち上げ、2021年には放置されていたサイロを取得し新たな拠点とした。これらの施設は、アーティスト主導のプロジェクト、展示、リサーチ、レジデンシーの拠点として機能するほか、地域住民や子供たちのアート教育の場としても活用されている。廃棄された航空機や列車を持ち込むことで、歴史の遺産に新たな文化的価値を付与し、オルタナティブな「教室」を提示している。

 作品の販売や展覧会で得た収益を地域に再投資することもマハマの手法だ。経済的価値の低い「廃材」でも、意味を付与してアート市場に接続することで、十分な資金を獲得できる。アートレビューはマハマの活動をこう評価する。「彼が活動や拠点を通じて示しているのは、アーティストが地域に根ざした制度の構築者、芸術教育者、コミュニティの支持者としての役割である。国際的なアート界の傾向を活用しつつも、芸術が持つ可能性を広げている」

Text by MAKI NAKATA