離婚でもらった絵が実は“盗品” 英女性が下した決断とは

Art Recovery International

 イタリアの美術館から半世紀以上前に盗まれた絵画が、現在の所有者であるイギリス人女性から返還されることになった。この絵は1973年に盗難に遭い、その後、女性の元夫が入手していたものだった。当初は返還を拒んでいた女性だったが、弁護士の粘り強い説得により、最終的に絵を手放すことに同意した。

◆離婚でもらった絵、実は「盗品」だった
 問題の絵画は、16世紀のイタリア人画家アントニオ・ソラリオによる『聖母子(Madonna and Child)』で、1872年にイタリア北部ベルーノの市民美術館が収蔵したものだった。しかし1973年、この絵を含む複数の美術品が何者かによって盗まれた。一部の作品はまもなくオーストリアで発見されたが、『聖母子』は長らく行方が分からなかった。

 実は盗難直後、イギリス人のバロン・デ・ドーズサ氏がこの絵を「盗品とは知らず」に購入し、ノーフォーク州の自邸に保管していたという。その後、バロン氏が妻バーバラさんと離婚した際、絵は彼女の所有物となった。

 2017年、バーバラさんが地元のオークションハウスを通じて売却しようとしたことで、事態が一変する。専門家の調査でこの絵が「盗品」であることが明らかになり、ノーフォーク警察が動き出した。

 しかし、イギリス司法当局が、「数年経過した後も、イタリア当局から捜査に関する回答がなかった」として、バーバラさんへの返却を認めた。英ガーディアン紙によると、その背景には、新型コロナウイルスの影響でロックダウン中に必要な書類がイタリア当局から提出されなかった、という事情もあったという。

◆国際手配中の美術品は「売れない」
 この絵画の返還に向けて動き出したのは、盗難美術の返還を専門とする弁護士、クリストファー・マリネロ氏だった。イタリア北部ベネト州出身の彼は、故郷ベルーノの市民美術館に絵を取り戻すため、約1年前にバーバラさんとコンタクトを取り、返還交渉を始めた。

 AP通信によると、バーバラさんはこの絵に特別な愛着を持っておらず、「元夫を思い出すから」という理由で家にも飾らずにいたという。

 それにもかかわらず、彼女は「1980年英国出訴期限法(Limitations Act)」を根拠に返還を拒否。この法律は、盗難と無関係に盗品を購入した者については、6年以上経過すれば法的な所有者と認められる可能性があると定めている。

 しかし、マリネロ氏はこの主張を「ナンセンスだ」と一蹴。「この絵画はインターポールとカラビニエリの盗難美術品データベースに登録されていたため、差し押さえのリスクなしに売却・展示・輸送することは不可能だった」と述べている。

 最初は懐疑的だったバーバラさんも、そうした現実を受け入れ、盗難美術品を保有することの複雑さとリスクを理解。最終的には『聖母子』をベルーノ市民美術館へ返還することに同意した。

◆お金では測れない価値 「美術品窃盗は許されない」
 マリネロ氏は、盗まれた美術品の返還を専門とする会社を自ら設立し、これまでにもマティスやヘンリー・ムーアといった著名な芸術家の作品を発見し、正当な持ち主の元に戻す支援を行ってきた。

 今回はマリネロ氏にとって特別な案件で、自身と家族の故郷であるイタリア・ベネト州の町ベルーノのために、無償で返還手続きを引き受けた。さらに、返還にかかるすべての輸送費用も、美術保険会社が慈善寄付として負担したという。

クリストファー・マリネロ氏|Art Recovery International

 『聖母子』の市場価値について、マリネロ氏は「おそらく10万ポンド(約2000万円)以下だろう」と述べる一方で、ベルーノの人々にとっては、「金銭的価値を超えた意味がある」と語っている(AP)。

 また彼は、「盗難というのは恐ろしい行為だ。特に、美術館は市民や未来の世代のために文化遺産を守るべき場所だから、それはまさに重大な侵害だ」と強く非難した(美術専門メディア『アートネット』)。

Text by 山川 真智子