ハリウッド映画と「九段線」 『バービー』がベトナムで公開禁止
◆ベトナムでは公開禁止に
『バービー』は7月9日にワールドプレミアが開催され、同月21日前後に全世界的にリリース、日本では8月11日のリリースが予定されているが、ベトナムでは公開禁止となった。その理由は映画の中に登場する地図に、九段線(Nine-dotted Line)と呼ばれるU字型の波線が描かれているからというもの。問題のシーンに描かれている地図は、正確な地図とはかけ離れた手書きの落書きのようなもので、描かれた点線が九段線かどうかも不明だ。
九段線とは、中国が南シナ海での所有権を主張するため、地図上に独自に設定した9本の境界線である。この境界線は、ベトナム側では牛舌線(cow’s tongue line)と呼ばれている。当該の南シナ海はベトナムもその所有権を主張している場所だが、中国側の地図で使われる九段線は、南シナ海の9割ほどの所有権を主張するもので、中国とベトナムを含む近隣諸国の間で対立を生んできた。2013年、中国の主張は国際海洋法条約に違反するとしてフィリピンがオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に提訴し、2016年、同裁判所は、九段線に法的根拠はないとする判決を下したが、中国は依然引き下がらず、政治力と軍事力を拡大させている。
ベトナムが映画を公開禁止した例は過去にもある。2022年の『アンチャーテッド』や2019年のアニメ映画『スノーベイビー(原題: Abominable)』も、九段線の問題が理由で公開禁止となった。2018年に公開された『クレイジー・リッチ・エイジアン』に関しては、地図が登場する問題のシーンがカットされた。また『バービー』の公開禁止が発表された数日後には、ベトナムはネットフリックスに対しても、同じ理由で中国ドラマ『Flight to You』のストリーミングを停止するように命じた。
たびたび浮上するこの問題に関して、ハリウッドの映画業界と中国の癒着を指摘するような声もある。映画の興行的成功が、人口14億人の中国市場にかかっているという文脈もある。映画が中国市場で公開禁止になることは避けたいというインセンティブが働いている可能性はゼロではなさそうだ。また、九段線の違法性を主張する中国の周辺諸国にとっては、中国の影響力の些細な部分に対しても屈すべきではないという考えがあるようだ。今回のベトナムによる『バービー』の公開禁止の判断は、過剰反応と捉えられなくもないが、エンターテインメントの世界においても地政学問題が発生するケースは、これが最後ではなさそうだ。
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